小説 川崎サイト

 

とある幽霊屋敷

川崎ゆきお


 老紳士は氷のように固まっている。体が硬いのだろう。または、動きを極力押さえているとも思える。
 こんな屋敷があるのかと思えるほど、古い洋館だ。その古典的洋式にあわせるかのように、老紳士の服装もクラシカルだ。もうかなり昔に仕立てたものらしいが、対峙するその客は生地までは分からない。背広とチョッキとネクタイ姿、という程度の認識だ。
 応接間はロビーのように広い。そのため、その客にはソファーやテーブルが家具屋の展示品のように見える。無駄な装飾はなく、大きな縦長の窓も、縦長のカーテンが垂れている。これもオーダーメードで特注だろう。カーテンの隙間から庭が見えるが、密林のように濃い。それほど敷地面積はないのだが、この庭木が奥深くしている。
「で、どんな感じですかな」
 蝋人形のように固まった老人に、客が問いかける。
「うむ」
 と、声にならないものの、口の動きで、そう聞き取れた。
「ノブが回ります」
「ドアのノブがですかな?」
「ああ」
「勝手に回るのですな」
「その通り」
「他には」
「長い腕が窓に現れます」
 樹木の枝だが、そう見えるのだろう。非常に古典的な錯覚なので、客はにんまりした。しかし、老紳士は笑い事ではすまされないところに入り込んでいるので、控えめに微笑んだ。この微笑みは、大丈夫ですよ。という意味がある。
「他には」
「屋根部屋から足音がする。納戸の扉が勝手にばたばた音を立てる」
「はい、その他は、いかがですか」
「白い服を着た髪の長い女が階段を上り下りする」
「はい」
「まだあるが……」
「そのぐらいで十分でしょう」
「ここは幽霊屋敷なのだ」
「はい」
「何とかしていただきたい」
「それは、いつ頃からですか」
「二年ほど前からだ。徐々にひどくなる」
「はい、まあ、あまり気になさらず、それらとお付き合いをするつもりでお暮らしください」
「暮らしにくくなった」
「家は古くなるといろいろなののが出ます」
「そうだろ。あなたはよく分かっておる。その通りなんだ。ここは幽霊屋敷なんだ」
「どの家も古くなると、幽霊屋敷になりますので、それほど心配しなくてもいいのですよ」
「馴染んだ屋敷だ。取り壊す気はせん」
「その必要は全くありません」
「そうかなあ」
「建物は古くなると幽霊屋敷になりますが、それは建物だけじゃありません」
「ん……」
「いえいえ、決してご主人も幽霊になっていくといっておるわけではありませんよ」
「うむ」
 老身紳士は唇だけで、そう頷いた。
「では、私はこれで失礼します」
「調べないのかね」
「幽霊が怖いので、お話を伺うだけで、十分です。それにそんな異変が起こらなかったら、嫌でしょ」
「嫌とは、何か。何が嫌なのだ」
「嘘だと思われるのは嫌でしょ」
「じゃ、疑っておるのか」
「そんなことはありません。しかし、その階段、私が一晩中見張っているのに、白服と長い髪の毛の女が上り下りしていないとなると、お互い気まずいでしょう。それにドアのノブをじっと一晩中見つめていても、微動だにしなけば、どうなります」
「信じてもらえるのなら、確認してもらわなくてもいいが」
「そうでしょ」
「今日は、お話を聞くだけで、また何かあれば、お邪魔しますよ」
「そうか」
「はい。この程度の幽霊屋敷は、普通です」
「ふ、普通」
「特に騒ぐようなものじゃないという意味です」
「では、わしが騒ぎすぎたということかね」
「そんなことはありません。異変を感じ、専門家を呼ぶのは当然でしょ」
「うむ」
「では、私はこれで」
 客は立ち上がる。
 老紳士は相変わらず固まった姿勢のまま、目だけで見送る。
 玄関先から門までの通路に、依頼者が立っていた。
「どうでした。先生」
「少し、きていますが、まあ、普通でしょ」
「どちらがでしょうか」
「まあ、ご家族のためには、屋敷の方にしておきましょうか」
「また、騒ぎ出したらよろしく。お爺ちゃんは、先生の名前を気に入っているのです」
 妖怪博士は軽く礼をし、屋敷をあとにした。
 
   了
 


2012年7月12日

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