真夏の古都を雷雨が襲う。土砂降りの雨と雷の閃光。昼なのに夜のように暗い。
有名寺院はこの天気でも参観者がいる。
巨大な山門が雨で霞み、大寺院に奥行きを与える。
その奥に丸いサングラスにオールバックの小男が足を崩し、座っている。
通された場所は本堂の裏にある板の間。国宝の御本尊の真裏だ。
「何とかなりまへんか?」
高齢の住職が小男に尋ねる。
「雨はやんだようですね」
「おかげはんで」
「それで、いつ気付かれました?」
「住職を継ぐ前からですわ」
「長く放置してられたのですね」
「来年は引きたいと思うております」
「引退ですか」
「坊主に引退ありまへんがな。職をですがな」
「出家されては」
「もうしてますがな」
「警備員を廃止することですな」
「セキリテーでんがな」
「いっそ僧兵でも立たせば」
「銃刀法違反ですがな」
「それよりさっきの話、何とかなりまへんか」
「やはり、気になりますか?」
「なりますがな」
「まあ、この界隈の寺社は殆どそうなってますよ。お宅だけじゃない」
「そやから、それを私の最後のお勤めということで」
「良心的というか、お人よしな住職さんだ」
「来年は辞めまっさかいな。何でも出来ますんや」
「よい心掛けです」
「気持ちだけではあきまへんのや。そやからお呼びしましたんや」
「わしは、何度も言いにきておる。ここだけじゃない。他の寺や神社もだ。いつも門前払い。まあ、慣れておるし、余計なお節介だからね」
「うちはどうなんです?」
「山門からでも分かります」
「かなり距離がありまんで」
「もっと離れた場所からも分かる寺院もあります」
「そうか、少しはましか」
「では、そろそろ抜いて上げましょうか」
「お願いします」
小男は国宝の御本尊に近付いた。手で触れるほどの距離だ。
小男は風呂敷包みから青い玉を取り出し、悪霊抜きの作業を始めた。
了
2006年8月8日
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