小説 川崎サイト

 

盆帰り

川崎ゆきお


「盆のころだったかな。私がまだ若いころだ。そのとき、気付かなかったんだが、今も確認していないのだが、まあ、確認したとしても似たようなもんだ。調べるのが面倒だし」
「何があったのですか」
 安宿のロビーで、年寄りと青年が話している。
「まだあれば二十歳代だった。上京した友人が盆には帰ってくる。それが三年ほど続いた。だからお盆はその友人と過ごすのが年中行事になっていた」
「はい」
「面白くないだろ。こういう話は」
「いえ、年配の人と話す機会がないので、楽しいです」
「それは、話の中身ではなく、会話をするのが楽しいということかね」
「はい」
「じゃ、つまらん話だが、聞いてくれ」
「はい」
「帰省した友人と飲み明かすのが楽しみでね。一晩、多くて二晩か。それはいいんだが、ふと思うんだ。彼は生きていたのかと」
「ああ」
「怪談だね」
「そうですねえ。それは確かめれば分かるでしょ」
「あり得ない怪談だ。私は三年間幽霊と会っていたことになる」
「じゃ、四年目は」
「戻ってこなかった」
「どこで会ってたんですか」
「私の家だ。母屋とは別の離れだ。といっても倉を改造したものだがね。個室が欲しかったんだ。農家には個室はないんだよ」
「はい」
「倉は表に面しておる。勝手口があってね。そこから出入りできる。友人はそこから入って来た。これは十代のころからそうだったね。一度だって表から入ってこなかった。家族が嫌がったんだよ。この友人をね。だから、こっそり入って来たんだ」
「それを今頃になって思い出したのですか」
「お盆になると、思い出すんだ。今年もそろそろお盆が近い」
「そのお友達は上京して三年目までは帰省していたのでしょ。そして、四年目以降はどうなのです」
「なしのつぶて」
「音沙汰なしですか」
「友人だったのかどうかも今でははっきりせん。盆に帰って来るときもいきなりだった。予告なし。用事は全部彼から。つまり私から連絡したことはほとんどない。だから、会うときは彼からだ。そのため、私から会いに行くようなことも、誘うようなこともしなかった。だから、四年目、帰って来ないので、どうしたのかな、とは思わなかった。いつも彼から姿を現す。彼を見ると、ああ、お盆かと思うほどだ。だから、お盆に彼が帰って来ることも意識していなかったんだな。会えば歓迎し、話し込むが、会わなければ会わないでそれでいい。だから、四年目に彼が帰って来ていないことに気付いたのは盆をかなりすぎてからだ。そういえば来なかったなあ、と」
「そういう関係の友達、いますよね」
「ああ、そうなんだが、その三年間も問題なんだ。本当に帰って来ていたのかと」
「つまり、お盆だから」
「うむ」
「そして、四年目はもう遠くへ行ったと」
「うむ」
「すると、上京したその年に亡くなられていたと」
「とも、考えらられるからね。しかし、調べて何となる。彼が、上京後すぐに死んでいたとしても、私は葬式にも行かないだろう。二人だけの関係で、彼の家も実は知らないんだ。探せば分かるだろうが、実家がどんな家なのかも」
「今頃になって、気になったのですね」
「いや、それもまた、どうでもいいような話でね。それほど気にしてはいないんだ。ただ」
「ただ?」
「君とうり二つなんだ」
「僕とそっくりなんですか」
「あの頃の彼と似ているんだ。だから、この話をした」
「じゃ、僕が、その彼だとでも」
「それはまだ早い」
「どうしてですか」
「だって、まだ盆じゃないから」
「あ、はい」
 
   了

 


2012年7月24日

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