小説 川崎サイト

 

不思議な散髪屋

川崎ゆきお


「散髪屋がありましてなあ」
「はい」
「小さな山間の温泉場なんですが」
「散髪屋が、どうかしましたか」
「酔っていたのかもしれません」
「散髪屋が、どうかしましたか」
「ずらりと並んでいたのです」
「散髪屋がですか」
「はい。温泉場の規模にしては多いんです」
「どれほどですか」
「二十から三十ありましたなあ」
「はい」
「温泉場のメイン通りから川へ降りていく路地なんですが、少し坂になっています。その両側にずらりと散髪屋のあのクルクル回るあれが立っていました。看板だけじゃなく、実際に散髪をやっている散髪屋なんです」
「それは少し多いですねえ」
「夕食後の散歩だったんですがね。私らは慰安旅行で来ていました。十人ほどですかな。その中の五人とぶらついていたんです」
「あなた一人だけの体験ではないのですね」
「はい、いつも一緒に働いている仲間達ですよ」
「それで」
「誰かが散髪でもしていこうと言いました」
「はい」
「取っつきの一軒目に入ったのですが、椅子が一つでした。だから、五人一緒には出来ない。それで、私達は分散しました。沢山散髪屋が並んでいるのですからね」
「散髪が好きな土地柄なんでしょうか」
「そうだと思います。今思い出すと、宿の人もバリカンなんかで、綺麗に刈ってましたねえ。あれはプロじゃないとできない」
「しかし二十以上は多いですねえ。散髪屋の数が」
「そうでしょ」
「何となく意味が分かりかけてきましたが、続けてください」
「はい。その散髪屋の並びですが、どこも二階建てなんです。どの店も間口は狭くてね、それに椅子は一つか二つ」
「それは、聞いたことがあります。見たことも」
「ほんとうですか」
「日本じゃないですがね」
「はい」
「だから、安心して話してください」
「安心かどうかは分からないけど、散髪が終わると、爪を切りますかと聞いてきました」
「はいはい」
「そういえば、爪が伸びていました。まあ、そんなもの別に散髪屋で切ってもらわなくてもいいですからね。それにそんなサービスで、値段が高くなるのは嫌ですよ。でも、土地の人が日常的に利用している店なら、そんな高いはずはないと思いまして、了解しました」
「はい」
「すると、二階へどうぞと……」
「散髪屋の二階。これは有名です」
「はあ?」
「直接二階へ上がれる店もあります」
「爪を切るためだけで」
「さあ、それはよく分かりません」
「二階へ上がるとき、前払いだと、言われました」
「はい」
「仲間と相談したいと思ったのですが、何となく意味が分かってきたので、前払いしました。非常に高い散髪代です」
「はい」
「二階への階段は何もない階段でした。つまり、何も置いていないんですねえ。余計なものを、よく片付けられていました。そしてよく磨かれてましたよ」
「はい」
「それで、登り切ると、白いカーテンで囲われた場所がありました。そして、その前に」
「爪を切る人がいたんですね」
「そうです。ああ、これか、と私は確信しました」
「それで」
「カーテンが開いており、そこに小さなベッドがありました。手の爪だけではなく、足の爪も切るためなんでしょうね」
「はい、分かります。理解できます」
「それだけです」
「え」
「ベッドでの上で足の爪を切ってもらい、次は指の爪を切ってもらいました」
「それで終わりですか」
「手際というか、段取りを何処かで間違ったように感じました。お金は確かに払ったんですよ」
「それで」
「階段を降りました。そして、外に出ました」
「はい」
「すると、仲間達も、通りに出ていました」
「お仲間以外に人がいましたか」
「はい、いました。泊まり客でしょう。私らと同じような」
「それで終わりですか」
「はい、非常に不思議な体験でした。何だったのでしょうねえ」
「そこまでの話だけで、判断は出来ませんが、あったのでしょうね。その日」
「あった?」
「手入れですよ」
「爪の手入れですか」
「いやいや、その手入れではありません」
「ああ、あっちの」
 
   了

 


2012年7月29日

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