小説 川崎サイト

 

幽霊自転車

川崎ゆきお


 これはスーパーの自転車整理員の話である。
 客も、似たような体験をしている。
 突っ込めないのだ。その体験談に対しての突っ込みではなく、自転車が突っ込めない。入らないのだ。
 そのスーパーはよく流行っており、自転車置き場はいつも満車状態だ。土日は別のスペースを使い、そちらへ振り分けないといけないほど。
 自転車で来た買い物客は、自転車と自転車の隙間を見つけ、そこに自転車を突っ込む。自転車整理員は出来るだけ自転車の間隔を詰め、隙間を空けるのが仕事だ。
 しかし、スペースがあるのに、そこに前輪を入れようとすると引っかかる。ハンドルが左右の自転車の何処かに引っかかっていると、最初は思う。それで、諦めて、別の空きスペースを探すのだが、他にないとなると、強引に突っ込むことになる。
 自転車整理員がしつこく詰め込んでいるため、スペースは狭い。そのため接触しながらでも何とか入るものだ。だが、どうしても差し込めない。何に引っかかり、何に絡まっているのかがよく分からない。分からないだけで、実際は「ああなるほど」と思うようなところで引っかかっているのだ。しかしいくら見ても、接触部分がない場合、これは何だろうかと妙に思う。
 客よりも、その場所をよく知っている整理員は、その場合、諦める。整理のため、止めている自転車の横に体を入れようとしても、入らないことがあるのだ。
 また、客の場合でも、充分左右の自転車との間隔があり、接触することはまずない場合でも、入らない。自転車どころか、自分も入れない。
 そのため、満車の時でも、空いているスペースが一つか二つある。当然そこへ客は自転車を止めに入るのだが、駄目なのだ。
 自転車整理員の話によると、場所は決まっていないらしい。
 要するに何かが止まっているのだ。きっとそれは自転車なのだが、整理員の話によると、自転車よりもやや感触が緩いらしい。押せば少しは動くようだが、見えない重力がそこにあるようで、空気が重いらしい。
 整理員は警備員に、その話をし、調べてもらうことにした。当然警備員もそこには入り込めない。足が入らないのだ。そこで、棍棒を差し込むと、入る場所もあることが分かる。それをなぞっていくと自転車の形をしているようだ。つまり、スペース分の横幅はなく、細いらしい。だから、ちょうど自転車一台が止まっている占有幅なのだ。
 もうこうなると、そこには見えない自転車が止まっていると結論を下すしかない。しかし、それを言い出すと、客が怖がり、スーパーの評判も悪くなる。幽霊自転車が来ているスーパーになるためだ。
 つまり、幽霊自転車が止まっているときは、幽霊自転車に乗ってきた幽霊が買い物をしている最中だということだ。そのため、駐輪場だけの話では済まなくなる。スーパー内をウロウロしている幽霊にも触れなければならない。
 幽霊自転車は常駐しているわけではなく、買い物が終われば、消えている。
 幽霊にもお足があるという例だろう。
 
   了


2012年8月3日

小説 川崎サイト