小説 川崎サイト

 

河童

川崎ゆきお


「カッパはカエルのイメージがあるのですが、どうなんです」
「河童は河童でしょ」
「でもカエルって人間の体に似てませんか」
「それは、どう見ようと勝手ですが、どうして、今、河童なのですか」
「不思議ですねえ。何となくカッパのことを思い出したんです。見たこともないのですが、そういった存在を」
「どんな存在ですか」
「両岸、草の生えたような小川です。自然の川じゃなく、農水路、運河かもしれませんねえ。里の中です。村の中です。山の中の本物の川じゃなく、人工的な川。カッパは山奥にはいないんです。里近くにいるんです。川には丸太で組んだような橋が架かっていましてね。よくその下に隠れたりしています。そして、その生態はカエルに近いんです。カエルのいるところにはカッパがいる。そんな感じです。小さな子供ほどの背丈です。カエルは四つ足ですが、その状態で二足で歩いているような。だから、よちよち歩きの子供みたいな」
「それが青島さんの河童イメージなんですね」
「これって、日本人の原風景の中にあるんじゃないですか」
「まあ、あったとしても、特定の時代でしょうねえ。その設定で、長く語られたのでしょう」
「そうですねえ。今の村里にはカッパの出る気配がありません」
「青島さんは河童のイメージを蛙だとおっしゃいましたね」
「はい、カエルです」
「では、蛇は出てきませんか」
「ヘビですか」
「蛙がいる場所なら蛇もいるでしょ」
「いるとすれば大蛇ですが、それはイメージにありません」
「そうですか」
「先生は、どうですか」
「え、私ですか」
「そうです」
「私の河童のイメージは、鳥獣戯画です」
「ああ、あのカエルやウサギが暴れ回っている絵巻物ですね」
「そうです」
「僕も、あの絵は見たことありますが、おかしいです」
「元々おかしな絵なんですよ」
「カエルとウサギの寸法が同じでしょ。すると、あのカエルは非常に大きい。またはウサギが非常に小さい」
「そうですねえ。しかし、鳥獣戯画の蛙と、青島さんの河童のイメージはここで重なります。どちらも大きいのです」
「ああ、なるほど」
「蛙を大きく書けば、青島さんの言われるように、人間の姿に近くなる」
「はい、子供ほどの大きさがちょうどいいのです。それ以上大きいと駄目なんです」
「イメージから外れるわけですね」
「はい、大人の背丈のカッパはやはり、駄目です」
「じゃ、結論を急ぎましょう。青島さんは河童は何だと思います」
「大きなカワウソだという説もあります」
「そういう意味ではなく、青島さんの中での河童とはなんでしょうか」
「だから、それは先ほどから言っているように、カエルなんです」
「はい」
「それ以上の展開はありません。カエルを連想する程度です。これで終わっています」
「じゃ、青島さんにとって蛙とはなんでしょう」
「それは言い辛いです」
「聞きたいです」
「よく虐めました。大量虐殺しました」
「ああ」
「子供のころ、それでカエルが化けて出るんじゃないかと思いました。だから、カッパを見たとき、これだと思いました」
「蛇はどうでした」
「ヘビもよく殺しました」
「しかし、蛇の祟りは感じないのですね」
「はい。どうしてだか分かりませんが、ヘビよりカエルの方が怖いのです。祟るとすれば、カエルだと」
「それはですねえ青島さん」
「何ですか先生」
「蛙は人型だからでしょうねえ」
「ああなるほど」
 
   了



2012年8月4日

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