ある異境
川崎ゆきお
日常は、それが一度崩れると、ありがたいものに思える。普段は大したことではないと思っても、いざ失いかけると、値打ちが出る。
しかし、その値打ちは日々の普通の暮らし程度では、値がつけにくいことも確かだ。
木下は、そんなことを考えながら、日々過ごしているわけではない。
平穏な日々でも多少は波風が立ち、昨日と同じような今日ではない日もある。それが楽しめる変化ならいいのだが、苦しい変化だと辛い面がある。
しかし、木下の日常も、少しずつ変化している。多少は気付いているが、滑らかなものだと受け入れやすい。
元に戻ることが予測できる場合、変化を楽しめる。それは旅行などがそうだろう。数日で日常に戻れるためだ。
散歩などに出たとき、無理に道に迷い、一瞬不安な状態になる。この不安感を楽しむというより、知っている道に戻れたときの安堵感を味わいたいのだろう。
近所の道なら、いくら迷っても、元に戻れることは分かりきっているので、その安堵感も言うほどではないが。
あり得ない路地が突然現れ、その中に入って行くと、別世界に出る。それは夢想だ。この場合の別世界とは、異境だろう。地図にはない場所だ。
この場合、出てこられる保証はない。それだけにスリル満点なのだが、それを味わっている間もないだろう。
しかし、そんな異境に通じる路地など開いていれば、物騒で仕方がない。これはあり得ないことだと思うのは、そんなニュースを聞いたことがないためだ。ただ、もし借りにあったとしても、報道できないだろう。世界観が根本的に変わってしまう。
今は、異境や魔界が存在すると信じられていた時代ではない。当然木下も、そういった前提で生きているのだ。
地下に出来た大洞窟などは、確かにこの世のものとは思われない世界だが、現実には岩に空いた穴で、あまり見かけないだけだ。
ただ、フィクションの世界では、ややこしい世界はいくらでもある。これは何処から発生したのだろう。誰かの妄想だが、何処か現実の何かを置き換えているように思える。
木下はそんなことを思いながら、見知った町内をウロウロしている。
了
2012年8月8日