小説 川崎サイト

 

逢魔が時

川崎ゆきお


 西久保は、その夕方、逢魔が時の変を期待しつつ散歩に出た。暇なのだろう。
 逢魔が時とは昼と夜の境目、ここに別の何かが入り込む時間帯だ。幕間のどさくさで稼働するものがあるのだろうか。これが完全に暗くなると、もうそのややこしい時は過ぎる。次は丑三つ時だ。そのため逢魔が時から丑三つ時までは暇だ。ということは、ここは安全地帯なのだ。
 そんなことを考えながら、西日を背に、出来るだけいかがわしそうな場所へと向かった。
 ただ、よくある郊外の住宅地なので、あまりそれに適したものはない。逢魔が時なら場所を問わず怪現象が起こるとは限らない。やはり背景が必要だろう。
 逢魔が時、その道を通ってはならない。というような噂もあるが、それはかなり前のことで、村はずれの寂しい場所にありそうな、そんな小道もしっかり舗装され、周囲は住宅地になっている。
 昔、そういう村はずれの小道に鬼火が出たとかもあるが、この鬼火も竹林などが背景にないと映えないだろう。
 だから、西久保は背景がないと逢魔が時の変も起こらないと思っている。ただ、そんな証拠はなく、積み重ねたデーターもない。ただの感想だ。
 さて、進む方向を探していると、古い農家が少しだけ残っている通りを思い出した。農家の中に入っていくわけにはいかないが、土塀などが残っている。その狭い路地を通り抜けようと考えた。西久保の近場では、ここが一番背景として近い。
 そして、西日も落ち、陽射しが消えた。影がなくなったのだ。
 しかし、まだまだ明るい。これでは雰囲気としては今一つ。
 早い目に農家の路地に来てしまったのだ。空を見ると、まだ昼間だ。日は沈んでいるが、雲はまだ日に当たっている。
 それが消えるまで、ここで待つわけにはいかない。それこそ不審者が潜伏しているようなものだ。
「あなたもですか」
 と、西久保は声をかけられた。それは同類の匂いがした。
 似たような服装だ。
「ここがきっとワープポイントなんですよ。君もそれを確かめに来たのでしょ。僕は古地図を見て、この位置を特定しました。ここが怪しいのです。直径二メートルほどの結界があるはずです。まだそこまで特定できていませんがね」
「いや、僕は逢魔が時系でして」
「そりゃもう、同じようなものですよ」
「と、いうと」
「その二メートルほどの結界を通過したんでしょう。踏んだのです。ワープできないで、そのまま行きすぎたのですが、一瞬妙な穴に入ったはずです。それが逢魔が時の正体ですよ」
「く、詳しいですねえ」
「僕の場合、その結界の中央部からワープを試みようと思っています」
「ああ」
「しかし、駄目です。ここではないのかもしれません」
「そうなんだ」
「じゃ、失敬」
 西久保は、その男を見送った。すたすたと歩き去って行く。
 そして、西久保も、その路地を抜け、広い通りに出た。先ほどより明らかに空も町も暗くなっている。
「待てよ」
 と、西久保は腕組みした。
「今のが逢魔かも……」
 
   了
  


2012年8月11日

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