小説 川崎サイト

 

夢魔

川崎ゆきお


「夢魔と悪夢はどう違うんでしょうねえ」
 妖怪博士付きの編集者との会話だ。最近は仕事ではなく、休憩でやって来る。サボりに来ているのだ。しかし、一応は妖怪博士から話を聞き出すという大義名分はある。
「漢字の並び通りだろう」
「悪い夢は納得できますが、魔は駄目でしょ」
「悪い夢よりキツイのだろうなあ」
「夢魔ですよ。夢魔。こんなの滅多に使いませんよ。夢の中に出てくる悪魔です。バケモノですよね。悪魔なんだから、キャラが立ってますよ。それが夢の中に現れる。これはやはりまずいです」
「そうだなあ」
「そうでしょ。悪夢を見たは言いますが、夢魔を見たなんて、聞きませんよ」
「なるほど」
「夢魔って、何ですか」
「私は夢のことは詳しくは分からんが、一度見た記憶などが再現されておると思う。または組み合わせたり合成したりでな。ところが夢魔となると、夢を見ておる人物とは関わりなく出てくる。記憶にない、または組み合わせ不可能な絵だ。自前で作れない絵ということになり、これは外部から入り込んだとみるべきだろう。妖怪的に言えば、人の夢の中に住む妖怪だな」
「割り込んで入ってくるのですね」
「きっとそうだろう。ただ、夢の中の出来事はよく分からん」
「夢の中で、といいますか、深い意識の底では、いろいろなものと繋がっているのではないでしょうか」
「共通する無意識というやつだな」
「はい」
「無意識なので、調べようがない。何とでも言える」
「人はヘビを怖がりますよね。これは共通する何かでしょ」
「いや、ヘビを怖がらん人もおる」
「まあ、そうですが」
「夢の中で観音菩薩が現れた。というような例は多い。だから、悪魔が横入りしたとしても、不思議ではないが、問題は形じゃ」
「はい」
「さて悪魔だが、その悪魔、どんな絵だったのかだ。ここがポイントだと思う」
「きっと鬼のような凄い形相のキャラじゃないですか。または人間なのに野獣に近い顔かたちで」
「しかし、本当に夢の中に悪魔がいたとしても、その悪魔、きっとリアルなものだろう。その場合、それを悪魔だと気付かないかもしれんぞ」
「どういうことですか」
「こちらが想像している絵とは違う形をしているということだ」
「ほう」
「何が、ほうじゃ」
「はい。感心したので」
「本当の悪魔は普通の姿をしておる。という名言がある」
「誰ですか。そんな名言を発したのは」
「夢の話なので、夢の名が付く夢野久作じゃ」
「なるほど」
「神も仏も妖怪も、悪魔も、それはイメージじゃ。実際は違う形かもしれん」
「じゃ、悪魔の横入りも、やはり内部だけのことなんですか」
「それは分からん。悪魔のようなものが、その夢見る人に分かるように、そういうキャラ絵を見せているだけかもしれんからな。初めて見る絵でも、何となく組み合わせれば、それに近い形になる」
「今日は難解です」
「だから、そういう話は聞くな。私もよく分かっておらんのでな」
「はい、お邪魔しました」
「邪魔というのも、悪魔の眷族かもしれんのう」
 
   了




2012年8月13日

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