小説 川崎サイト

 

自転車ロード

川崎ゆきお


 近藤は自分の自転車ロードを持っている。私道ではない。
 この自転車ロードは鉄道に近い。確かにママチャリの骨格は鉄で出来ている。安いのでアルミではない。だが、鉄道は乗っているものより、その地面に鉄が使われているので、「鉄道」と漢字を当てているのだろう。
 近藤の自転車ロードは、この鉄道のレールに近い。まるで、軌道上でしか走れないような。
 ただ、走っている道は普通の住宅地だ。自由に走れる。そこにまるでレールが敷かれているかのように、近藤は走っている。そのレールは彼が敷いたものではない。子供が路面に線路を書くような感じで。
 そうではなく、要するに決まった道筋をいつも走っているということだ。それは、ほとんど気にならないことだったのだが、ある日、ふとそれに気付いた。それは、あるきっかけで。
 同じ日、偶然同じ方角へ行く用事が出来た。
 数時間前、近藤は同じ道を走っていた。それは非常に近い記憶なので、その繰り返しが気になった。こういうのは一日一回でいいのだ。二回目になると変化が欲しくなる。同じ本のページを、もう一度読むような感じだ。先ほど読んだばかりの。
 それで、思い切ってレールのない道にハンドルを切った。いつも見ている風景なのだが、それを横に見ながら走っているだけで、見知った道だが、そこに入り込むことは希だ。
 これで、同じページを読み返す必要がなくなったのだが、見てはいけないものを見てしまうような不安な気持ちになった。いつもと違うことをしてはいけないような、意味のない不安なのだ。また、不安を感じなければいけないほど危険な状態になるわけではない。
 ただ、いつもと違うことをやると、思わぬところで、妙な変化が、その後起こるのではないかと、ジンクスめいたものを近藤は持っている。
 そして、その道に入り込むと、昔、友達がいた安アパートが取り壊され、小さなワンルームマンションになっていた。さらにその横の大きな農家が建てたマンションが、もう消えており、普通の一戸建ての家が、四戸ほど並んでいた。近くを通りながら、知らなかったのだ。
 また、その農家の敷地内にお地蔵さんの祠があったのだが、それも消えている。
 さらに直進すると、古いマンションが取り壊され、こちらも普通の家になっていた。元々、そういう場所だったのだ。
 さらに進むと、手書きの看板屋が消えており、ロッカールームになっている。
 近藤がレールから逸れるのを恐れていたのは、これかもしれない。いつもの軌道上でも、その程度の変化は起こっている。だが、それは徐々にで、いろいろとその前に予兆や、段階がある。急に看板屋がロッカールームにはなっていないのだ。
 その変化を徐々に見ることで、何となく納得できるのだ。
 その日、近藤は変化を楽しむため、レールから離れたが、変化の大きさに、楽しんでいるどころではなくなった。
 
   了


2012年8月16日

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