小説 川崎サイト

 

金魚の蓋

川崎ゆきお


 夏の終わりがけの夕立。佐々木は昼間にそれを体験した。夕立が来ることは分かっていたが、それは夕方だと、決め込んでいた。佐々木の中ではそれが決まり事だ。
 夕立はよく晴れているときほど効果的だ。これがお湿りになる。涼が楽しめるので、悪くはないのだ。
 だが、それが昼過ぎに起こった。昼立ちだろうか。ただの俄雨なのだが、雨脚が鋭く、大きな音を立てている。そして庭が池のようになった。
 普通の雨なら、そんなものは見ない。洪水に遭うような場所でもない。雨水だけなら、すぐに捌けてしまう。
 佐々木は高校野球を見ていて、この雨を知った。雨で試合が中断になっていた。それと同じ雨が、こちらでも降っている。ただ、甲子園球場は水捌けがいい。だから、そんなに酷くは降っていないように感じられた。しかし、稲光がし、雷の大きな音がし、電灯が一瞬消えた。幸い停電にはならず、電化製品は息を吹き返した。パソコンも再起動しないで済んでいる。
 窓へ行き、庭を見たとき、池のようになっているのに気付いたのだが、こういった雨はよく降る。だから、池のようになっていても、気にすることはないのだ。
 それよりも気になったのは、庭に置いてある水槽だ。そこに金魚がいる。水槽は深く、大きい。屋内には持ち込めないので、庭に出しているのだが、雨をまともに受けている。攻撃を受けている戦艦大和の周囲に出来る水柱より間隔が狭い。いくら深い水槽でも、これでは底までかき回されるだろう。
 金魚は一匹だけその中にいる。きっと底の方に避難しているはずだが。もう何年にもなるので、金魚も慣れているかもしれない。しかし、これだけ攪拌されれば酔うのではないかと思う。滝壺の真下にいるようなものだ。頭を打って気絶するかもしれない。
 いつもはそんなことは気にしなかったので、何ともなかったのだ。見てしまうと放置出来ない。
 佐々木は金魚を救うため、板を探した。蓋になるようなものが必要だ。一枚の板であの雨爆弾から守れる。
 しかし、蓋になるような板がない。それで、納屋を物色し、何かのユニットの端切れを見つけ、それを水槽の上に置くことにした。
 しかし、水槽まで、距離がある。傘を差すまでもない距離だ。さっと近付いて、さっと板を乗せればいいのだ。傘を使うべきだと最初思ったのだが、庭に傘はない。それを取りに行く時間、水爆撃を受け続けている金魚が可哀想だ。少し濡れる程度なので、佐々木は強行した。
 案の定、差し出した腕や足はびしょ濡れになった。
 しかし、水槽の上半分は、その板で天井が出来た。これだけでもかなり違うだろう。
 そして、テレビの前に座り、高校野球の映像を見ていたのだが、昔の名試合をやっているだけで、まだ中断していた。
 金魚の心配ではなく、金魚のことを心配している自分のその心配事に蓋をしたかっただけのように思えたが、悪い気はしない。
 
   了


2012年8月19日

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