小説 川崎サイト

 

アース歩き

川崎ゆきお


 これは散歩健康法に関する老人の話だ。長くなるので、深い蘊蓄や含蓄は省略する。溜めすぎなのだ。この老人は。
「先ず歩き方だね。これは私が考案した方法だ」
 老人はのしのし歩きを数歩披露した。
「体重を片足に思いっきり掛ける、そのため、横に振れる。分かるかね」
「よく分かりません」
「足の裏全体で、しっかりと体重を片足に掛ける。次はもう片一方の足で、同じことを繰り返す。ドスンドスンと足をつけながら歩く感じだ。そのため体重が右の足の裏、左の足の裏へと移動する。ただ、それを流れるようにやると駄目だ。しっかりと着地する」
「それはどういう効能があるのでしょうか」
「アースだよ」
「はあ」
「地面にアースしておる」
「放電ですか」
「それに近い」
「足の裏から電気が出るのですか」
「その逆も大事だ。つまり、地面から磁気を吸収する。私はこれを地気と呼んでおる。地面の気を受け取る。またはやり取りする。という意味だな」
「はあ」
「出来れば、土の上を歩くのがいい。アスファルトや、コンクリートでもかまわんが、建物の中は駄目だ。地面との間に隙間がある。ビルの二階とかもね」
「それが健康歩行法なのですか」
「ドスンドスンと、大魔神やゴジラが歩く感じがよろしい。出来るだけ、強く地面と接するのがよろしい。そのため、片足だけで体重を掛けるのが効果的なんだよ」
「はい」
「靴は、ぺったんこのがいい。本当は裸足が好ましい。砂浜などで素足で歩くのはさらによろしい。これはダイレクトだ。ただ、街中ではそれが出来ん。だから、へべたく踵のない靴が好ましい。足の裏全体が地面に接するようにな」
「それは運動ですか」
「いや、筋力を鍛えたり、足を丈夫にするためのトレーニングではない。そのため、歩き方も力んではいけない。右左、右左と交互に体重を掛けていけばよろしい。余計な筋肉は使う必要はない。これは古武道の極意でもある。そのため速く歩くことが目的ではない。如何に力まないで、疲れないで歩くかが大事なんだよ」
「でも、散歩コースでは、ちょっと浮きますねえ」
「いやいや、リハビリをしているふりをすればよいのじゃ」
「磁場ですか、磁気ですか。大地からの。それはちょっと興味があります。その、アースというのも」
「庭に穴を掘り、そこに足を突っ込むと、体から毒気が抜け、健康になったという話がある。ただし、横の松の木が枯れたようだが」
「はあ。人毒ですか」
「それは分からんが、地面にアースする。放電、放流する。これは大事だ。そして、地面からも吸収する。天然のバッテリーから充電するようなものじゃ。だから、地面に出来るだけ接するようにして歩くのがよいのだよ」
「そういえば、オフィス街を歩いているより、山道を歩いているときの方が、気分がいいです。まあ、空気も違いますが、地べたそのものに接しているためでしょうねえ」
「そういうことじゃ」
「それで、ご老人は、その方法をいつ会得されたのですか」
「昨日」
「あ、そうなんですか」
「ちょと歩いているとき、思い付いた」
「はい、じゃ、まだ実証されていないのですね」
「ドスンドスンと地面にくさびを打つように歩くと気分がいい。もうそれだけでも十分じゃ」
「はい、ありがとうございました」
 
   了


2012年8月22日

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