小説 川崎サイト

 

パラシュート

川崎ゆきお


 容疑者はアリバイを主張した。喫茶店に立ち寄ったというのだ、だが、目撃者がいない。その時間、もしそこにいたのなら、犯行時間に間に合わない。
 喫茶店はターミナル付近にあり、不特定多数の人が出入りしている。赤いポロシャツで眼鏡を掛けた中年男だけでは、目撃者を探すのが大変だ。
 喫茶店の店員は誰も記憶していない。大きなチェーン店で、全員バイトだ。それにセルフサービスで、客席とレジは離れている。そして客の顔など見ていないのだ。
 それでも捜査員は二度、その喫茶店で出向いている。もし赤いポロシャツの男が、その日、その時間帯にいたのなら、犯人ではなくなる。後で、それが分かると面倒だし、一応何度も聞き込みに来たことが、捜査のアリバイにもある。手を抜かなかったと。無視しなかったと。
 その甲斐があった。
 バイトの青年が、大きなヒントを与えてくれた。
 それは常連客の村岡という人が、記録しているかもしれないというものだった。捜査員は意味が分からなかったが、その村岡に会うことにした。
 村岡は二時間ほどその店へ毎日来ている。時間的に、赤いポロシャツの男が来た時間帯と合致しているのだ。常連客は複数いるが、その時間帯に現れるのは三人で、そのうち二人は覚えていないらしい。そして、村岡も、最初は知らないと言っていた。
 しかし、バイト青年は、「パラシュートさんなら知っている」と、妙なこことを言い出したのだ。それで、もう一度パラシュート村岡という人に会うことにしたのだ。その時間帯来れば、いるのだから、呼び出す手間も省ける。
 捜査員は村岡さんなら記録しているかも、とバイト青年が言った意味を、本人から聞き出した。
 村岡は拒否し、知らないと言い続けた。しかし、記録があるというのはどういうことかと迫られたため、ついにそれを提出することにした。これは秘密保持を約束しての話しだ。
 バイト青年と村岡は知り合いだった。尊敬する先輩で、この業界では「パラシュートの村岡」で有名だ。
 捜査員は最初分からなかったが、同僚にもそういう名の男がいることを知っていた。
 村岡は、記録を見せた。それは写真だった。
 毎日店内に来て、写真を写すのが趣味なのだ。バイト青年はそれを防犯カメラと呼んでいる。
 村岡は見せてはいけない写真を早送りし、赤い服を着た人物を探し出した。
「赤いポロシャツ、中年男で眼鏡。これです」
 しかし、写真を見せない。
「写したタイムも記録されています」
 赤いポロシャツの男は小さく写っていた。顔写だ。特定できる。かなり解像力があるのか、拡大しても鮮明だ。
 しかし、構図が問題だった。
 赤いポロシャツの男は主要被写体の端っこに写っていた。
 その主要被写体を隠しながら、村岡は捜査員に見せた。
「彼だ。間違いない。これでアリバイが」
 しかし、村岡はその写真を渡したくない。
 それはパラシュート、落下傘が写っているからだ。
「この証拠品で、彼は助かる」
「しかし、僕はどうなります」
 パラシュート村岡は抵抗した。
「ぐ、偶然写っていたと言うことでいいでしょ」
「でもこれ、傘の先に仕込んだカメラで写したんですよ。そんな偶然はあり得ないでしょ」
「だから、それは聞かなかったことにする」
「本当ですか」
「現行犯じゃないし、被害届もない」
「はい」
「偶然カメラを落として、それを拾おうとして誤ってシャッターに触れ、写ってしまった。それで行こう」
「はい」
 捜査員は、スマートフォンに保存されているその他の写真もついでに見た。
「見事だ」
「パラシュート、または裏傘、逆さ傘と言われる定番構図です」
「いやいや、その説明は、聞かない。聞かない。私は何も見ないし、聞いていない。偶然だよ。カメラを落としたんだ。それで、偶然」
 しかし、LEDランプで落下傘の中は明るい。これも偶然だろう。
 
   了



2012年8月23日

小説 川崎サイト