小説 川崎サイト

 

岩田老人日記

川崎ゆきお


 見回り人が岩田老人宅を訪ねる。
「最近どうですか。お変わりありませんか」
「あんた、別の人だな。変わりがあるのはそっちだね」
「そうでしたか。初めまして、よろしくです」
「しかし、これはセールじゃないだろうねえ」
 見回り人は写真入りのカードを見せる。
「そんなもの簡単に作れるさ」
「いえいえ」
「いえいえじゃないよ。突っ込んで欲しいなあ」
「じゃ、どうして簡単に作れると」
「パソコンとプリンターがあれば、作れるさ」
「ああ、なるほど」
「そうじゃなく、もっと突っ込まないと。ネタを引き出しなさいよ」
「と、いいますと?」
「パソコンを買ってねえ。通販で安かった。プリンターも付いてきた。まあ、それはあまり使わないがね。それと、ネットに繋がったんだ」
「ああ、パソコンをおやりで」
「おやりおやり、大おやりだよ」
「そうなんですか」
「だから、それ以上突っ込めないのかね。せっかく話題を提供しているのに」
「ああ、そうですねえ」
「もういいから、帰っていいよ。用件は終わったんだろ。生存確認だろ。ちゃんと生きてるよ」
「はい、また、お邪魔します」
 見回り人は帰った。
 岩田老人がパソコンの前に戻ると、死んでいた。全滅だ。
 ゲームでボス戦をやっていた。仲間と一緒に退治に出たのだ。これは二時間以上かかる。
 岩田老人が抜けたので、チームは弱くなり、ヒーラー役の岩田が欠けたことで、全滅していた。
 悪いことをしたと、岩田は悔やんだ。
 せっかく出来た仲間達の信頼を裏切ったことになる。一言落ちますと言うべきだったのだ。
「まあ、それはいい」
 岩田は、もう二度とそのゲーム内で、ウロウロ出来ないと思い、別のサーバーで新キャラを作り、そこでまた始めることにした。
「岩田さーん」
 また、玄関で声がする。聞き覚えのある声だ。
 ゲームを終了させ、表を見に行く。
「さっき変な人、来ませんでした」
 顔を出したのは、いつもの見回り人だった。
「やっぱり、あの人、偽物か」
「そうです。泥棒の下見ですよ。気をつけてください」
「どうりで要領の悪い人だと思ったよ」
「それで、お変わりありませんか」
「だから、その、下見の人が来たよ」
「はいはい。だから、知らない人は偽物です。新しい人と交代するときは、紹介しますから。だから、知らない顔の人は、偽物ですからね」
「ああ、分かった」
「他に変わったことありますか」
「パソコンを買って、ネットに繋げた」
「それはいいですねえ」
「ああ、ゲームをして楽しんでるよ」
「変なサイトへ行っちゃ駄目ですよ。詐欺に遭いますからね」
「はいはい」
 
   了



2012年8月24日

小説 川崎サイト