小説 川崎サイト

 

狐の嫁入り

川崎ゆきお


 朝から体調のよくない竹田は、普段の半分ほどのスピードで朝食を済ませた。暑さで食欲がないのか、体調の悪さで食が進まないのかは分からない。この場合、暑さのせいにするのが無難だ。体調は自分の意志では何ともならない。むしろ意識すると病気になるほどだ。
 何とか朝食を食べ、テレビを見ていると、室内が暗くなった。目眩ではない。陽射しが消え、逆に暗くなり、遠雷が聞こえ、その後一気に凄い音がした。雨だ。
 夕立ではなく朝立ちだ。
 水冷効果で暑さが和らぐと同時に、空気まで違っている。それまで悪かった体調が戻ってきた。不安定な空模様が体調に影響を与えたのだろうか、雨と共に憑き物が落ちたように、楽になった。
 元気を回復した竹田はテンションが上がった。朝食で用意していたおにぎり二つのうち、残していた一つも平らげた。
 そして、そのテンションは、一種の軽さを伴う。体が軽くなり、気持ちも軽やかになった。そのため、部屋でテレビを見ているのはもったいないような気がした。逆に息が詰まるのだ。
 竹田はアクティブになった。
 それに合わすかのように雨もやんだ。
 竹田は体を動かしたいと思い、自転車で外に飛び出した。
 路面は濡れており、木の葉からは雨がまだぽつぽつ落ちている。たまり水が日で反射し、雨宿り中の雀も、チュンチュン鳴きながら飛んでいる。
 風景が一変している。明るく眩しい。それでいて暑くはない。
 竹田はそのまま目的もなく、自転車を走らせる。風景を見ているだけで満足なのだ。だが、いつもとは違う。何となく違う。
 かっと陽射しが照りつける。暑くはない。
 ここからは、何だったのかが竹田にもよく分からない。ぽつりぽつりとまた雨が降り出したのだ。先ほどの雨脚に比べ、柔らかだ。
 竹田は意識した。
 出そうなのだ。
 そう思いながら前方を見ていると、やはり出る物が出た。
 狐の嫁入り。
 竹田は歩道を走っている。狐の行列は車道のど真ん中を行く。行き交う車と重なっている。同じ空間内にはいないのだ。
「これが狐の嫁入りか。初めて見た」
 馬に乗った花嫁、花嫁道具を運ぶ荷駄。羽織袴の縁者。いずれも、人型だが、顔だけは狐なのだ。
 晴れているのに雨。それは何となく欺されたような気がする。雨なら、曇っていても良さそうなものだ。晴れだと思わせて実は雨。しかし、日が出ているのに雨では、絵が違う。
 そういう気象的な妙な組み合わせの時、魔が開くのだろうか。
「しかし、なぜ狐なんだ。嫁入り行列なのだ」
 ぱらぱら雨がやむと、白っぽいその行列も徐々に消えていった。
 竹田はそれを本当に見たのかどうか、自分でも疑わしい。
 
   了

 


2012年8月25日

小説 川崎サイト