小説 川崎サイト

 

近所の未踏地

川崎ゆきお


 見知っているはずの町がある。その前に自分が住んでいる町がある。その範囲はどの程度のものかが、先ず問題だ。町名でいえば、一丁目だろう。二丁目になると、近所の付き合いはもうない。町名範囲内が自分の町になるのだろうか。ただ、その場合、そこに住んでいる人の顔や名前を見知っている方が好ましい。昔の村では村人は全員顔見知りだ。村道を歩いている子供は、何処の子なのかは大人は知っている。子供同士は当然顔見知りだ。同じ学校に行っているはずだ。
 だが、市街地の一丁目は広い。そこでも、もう二丁目との境の家は分かりにくくなっている。ただ、町内の行事が頻繁な場所なら別だが。
 そして、すべての丁目を含めた町となると、かなり広い。ただ、それは徒歩圏内で、町名を横断する道を普段から利用していると、その沿道だけは何となく分かる。
 そして、町名が変わると、もう自分の町ではなくなるような気がするが、知らない土地ではない。市街地では、市が自分の町になるのだが、そうなると広すぎる。
 自分の住んでいる場所をお膝元と呼ぶほど高橋は地位の高い人間ではないし、町の顔役でもない。
「庭のような場所」
 と、高橋が呼んでいるのは、散歩でうろうろしている場所を指している。
 その高橋が、近場にあるのに遠く感じる場所に入り込んでしまった。庭の中だが、庭の外れは滅多に行かない。しかし、昔から知っている場所で、何度かは通っている。
 ただ、数年で町は変わる。
 高橋はその日、いつものように自転車で散歩に出たのだが、何を思ったのか、コースから外れた。それはしばらく通っていない枝道を思い出したからだ。たまに入り込むと新鮮なためだ。
 その道は、何処へ繋がっているのかは当然知っている。散歩コースに入れていないのは、特に理由はない。癖のようなもの、流れのようなものがあり、散歩コースは自然と固まってしまうものだ。それではいけないと思い、塊をほぐす意味で、たまに違う道を選んでいる。たまなので少しは家並みが違っていたりする。
 だが、今回は違いすぎるというか、町が出来ていたのだ。
 高橋が知っている町と町の間に、町が出来ていた。その間とは田畑で、それが消え、宅地となり、町と町の間隔がなくなり、間を埋めるように町が出来ていた。
 要するに家が増えただけのことだが、見知らぬ道路も出来ている。分譲住宅地の私道だろう。ここに入り込むと抜けられないことが多い。だが、それは周囲がまだ田畑の場合で、それらがなくなると、私道と私道が結合するようだ。
 新しく出来た家々は、もう結構古くなっているのに驚く。既に新興住宅地ではなく、土地に馴染んでしまっているのだ。その町は高橋の家から遠くはない。徒歩距離の端っこ程度だ。
 そんな近い場所なのに、見知らぬ町や通りが出来ていることに驚いたのだ。
 高橋は、それらの家々をなかったことにして、昔から見知っている家々を思い出そうとした。それは、町の外れの雑貨屋だったりする。そこはもう外れではなく、並びの一角になっている。
 平坦な場所なので、地形の特徴はない。分かるのは家と細い川程度だ。家の並びと、幹線道路との関係で、何となく頭の中でマッピングされている。だから、古い地図を思い出しながら、加わった町の位置を把握しようとした。
 何せ田畑だった場所だけに、目印が何もないのだ。古墳とか岡とか、神社とかがあれば別だが。
 高橋は、こんな近い場所に未踏の地があることで、少し驚いた。遠くの見知らぬ町まで行かなくても、こんな近くに未踏地があることにショックを受けたのだ。知っているはず、既知のことが崩れた。
 新たなマップを与えられたわけで、このマップを自在に歩けるようになるには時間がかかる。
 高橋は翌日から、その未踏地へ探検に出かけた。出来るだけ、迷うような経路で。
 
   了


2012年8月28日

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