小説 川崎サイト



老人劇団

川崎ゆきお



 ある有名な演出家が老人だけを集めた劇団を作った。
 岸田は若い頃、役者になりたかったが、夢のまた夢で終わっていた。孫達も大きくなり、お守りからも解放された。
 そんなおり、老人劇団のニュースをテレビで知り、早速応募した。
 役者になれなかったのは父親の会社を継いだからだ。今は会社との関わりもなくなり、ただのお爺ちゃんになっている。
 若い頃の夢が果たせるかもしれないと喜んだ。
 劇団員の審査中からカメラが入り、岸田の姿もテレビに写った。
 世界的にも有名な演出家が主催するだけに、話題となったのだ。
 岸田は老人とはいえ、プロレスラーのような巨体で、会社のオーナーでもあっただけに貫禄が身についていた。それで合格した。
 早速第一回目の公演が企画され、台本が上がってきた。
 人生という重荷を背負って生きる老人達の姿をリアルに表現した芝居だった。
 しかし、思っていた以上に練習は厳しく、演出家の注文通りには誰も演じ切れていなかった。
 岸田も自分なりに生きて来た人生を感じさせるように歩いたり座ったりするのだがOKが出ない。
 ある日、演出家は全員を叱咤した。これでは養老院の学芸会だ。演劇とは言えないので、もっと何とかしろと怒った。
 岸田はそうは思わなかった。仲間の誰もが人生を感じさせる名優に見えた。何もしなくても感じさせるものがあるのだと……
 岸田は自分なりに解釈し、もう少しオーバー気味に演じてみた。
 すると演出家はうわべだけで本当の気持ちから表れた演技ではないとはねつけた。
 岸田はどうすればよいのか分からない。他の劇団員も同じだった。全員が素人なのだ。
「駄目駄目、なってないよ。何度言ったら分かるの!」
 演出家は素人に自分の演出方法を教えるのに苛立った。
 岸田は、ふざけた格好でオーバーな演技をした。
 演出家は真っ赤な顔で目の玉を剥き出し、岸田に灰皿を投げた。
「この野郎」岸田は、灰皿を投げ返した。
 灰皿は演出家の額にまともに命中した。
 岸田は社長時代、灰皿を投げることで有名な男だった。
 
   了
 
 
 



          2006年8月12日
 

 

 

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