小説 川崎サイト

 

途中起き

川崎ゆきお


 野田は夜中に目が覚めた。折り返し点だ。
 最近このパターンが多い。一度目を覚まし、トイレに行く。トイレに行きたくなっからそれが引き金となり目を覚ますのかもしれない。
 夏の日だ。暑いので部屋は開けっ放しだ。
 野田は一人暮らしなので、誰もいない。暗闇にならないように、廊下に小さな明かりをつけている。これはトイレまでの道を確保するためでもあるし、また、家の中が何となく見えるためだ。
 夜だが、窓明かりもある。近くの外灯からの光が届いている。それらの明かりで、家の中は何となく見渡せる。
 目が覚めたとき、意識が戻る。今まで寐ていたので当然だ。しかしこの瞬間を野田は好んでいる。生き返ったような気持ちになるのではなく、中断していたものが再稼働するためだ。
 家も、そのときまで眠っていたかのように、静まりかえっている。野田が寐ていようがいまいが、家の中はそのままだ。家が勝手にごそごそ動いているわけではない。
 いつもの自分の居場所が、約束などしていないのに、待っていてくれる。これは妙な言い方だが、自分の家で寝起きするとはそう言うことなのだ。
 目覚めたとき、一瞬だが改めてそこが自分の家であることに気付く。当たり前のことなので、気付くも何もない。だが、今まで何処かへ行っていたことは確かだ。眠っている自分を自分で確認できないため。
 そして、むくっと体を起こすと、位置がはっきりする。そして、部屋も家も野田が起きると同時に起きたような気がする。これを完全に起こすには電気をつければいい。しかし、それはできない。なぜなら強い光を受けると、妖怪ではないが、野田が苦しい。まぶしさに弱いのではなく、本当に起きてしまうからだ。まだ睡眠の折り返し点で、半分残っている。だから、しっかり起きてはまずいのだ。そのため、トイレへの道筋が見えるように小さな明かりをつけている。
 これはきっと夏場だけのことで、すべての部屋を開け放しているので、間接光が届くのだ。冬は寒いので閉めるので、これは夏だけの光景だろう。
 そして、トイレから戻ってくると、そのまま瞬時に眠ってしまう。
 一番気持ちがいいのは、折り返し点で起きたときだ。まだ半分残っているので、起きてもやることはトイレだけで、それもすぐに済む。そして、また夢の中に戻れるのだ。
 起きてもすぐに休める。これが大事だ。これはポイントが高い。だから、途中起きは気持ちがいい。ただ、一度目も二度目もたっぷりと時間があることが前提だが。
 眠っているときは意識が落ちる。そして起きると意識が戻る。この戻った瞬間、サーと、周囲をスキャンするように、情報を得ている。まっさらな頭の中で、いろいろと確認するわけだ。その書き込みが気持ちがいいのかもしれない。
 
   了


2012年8月31日

小説 川崎サイト