小説 川崎サイト

 

妖怪物怪

川崎ゆきお


 妖怪博士付きの編集者が、いつものように訪問している。今日も特に用事はないようだ。
「先生の好きな妖怪はいますか」
「物怪かな」
「もののけですか? 物怪って、妖怪と同じようなものでしょ」
「まあな」
「物怪って、いう妖怪がいるのですか。妖怪名が物怪なんですね」
「そうじゃ」
「どんな妖怪ですか?」
「何でもない小男で、そうだなあ中年かな。若くはない。しかし、うんと年寄りかもしれん。何せ妖怪なので、何百年も生きておる。しかし、歳月を経ても風貌は変わらんようだ」
「どんな感じの妖怪ですか」
「髪の毛は短いが、禿げてはおらん。丸坊主ではなく、五分刈り程度かな。その毛の長さは揃っておらん。短いのもあるし、長いのもある。これは人間の手で作れる髪型ではない。そして、目はぎょろりとしておる。鯛の目のようにな。形はいい」
「別の話をしてもいいですか」
「どうした」
「いや、イメージが湧かないので」
「だから、際立った形状の妖怪ではない。退屈な奴だ」
「聞く側も退屈しそうな妖怪なんですね」
「そうじゃ」
「その妖怪、何をしているのですか」
「着ているものは、野良着だ。シャツとズボンではなく、着物だ。旅人の扮装ではない。その辺りの畑で野良仕事でもしておりそうな格好じゃ」
「野良仕事の妖怪なんですか」
「そうじゃない。出没場所は原っぱじゃ。田畑ではない。里近くでもない。淋しい山野かな。しかし、高い山じゃない。村と村を結び村道脇の草むらなどが、出没場所じゃ」
「じゃ、山仕事の人のような」
「猟師でもないし木樵でもない」
「出没する理由は何でしょうか」
「分からん」
「はい」
「ぽつんとそこに立っておる」
「案山子のようなものですね」
「しかし、足があるので、歩ける。移動はするが、大概はじっとしておる」
「特徴がないのですね」
「見た目も妖怪とは思えん」
「それで、何をする妖怪なんですか」
「そうだな」
「どうかしましたか」
「話していて眠うなってきた」
「あ、僕もです」
「まあいい、ここまで語ったのだから、続ける」
「先生、無理をしないで」
「我慢する。眠い妖怪じゃ」
 妖怪博士の瞼は完全に落ちている。
「ただ、そこにおるだけの妖怪かな」
「やはり眠いです。先生」
「これが何ともいえんほど、わしは好きなんじゃ」
「好き嫌いを判断するような特徴がないのですが」
「その妖怪と出合った旅人の記録がある」
「どんなエピソードでしょうか」
「あなたは誰かと聞く。私は物怪だと答える」
「まさか、そこで終わりなんじゃないでしょうねえ」
「物怪が語るには、昔はさる貴族に愛されていたらしい。都の公家さんだろう。そこで居候をしていたころが全盛期だったらしい。妖怪なので客人ではない。居候と言っても部屋が与えらたわけではない。庭に住み着いておったらしい。昔は裸だったようでな、全身まばらな毛で覆われておった。髪の毛と同じように長い毛や短い毛が混ざり合ったような、妙な体毛だ。見るからにバケモノだ。獣そのもの。しかし、そんな獣はおらん。だから、妖怪なんじゃ。その貴族はその動物のようなものを愛したようだ。これはペットのようなものかな。犬や猿との違いは人語を話せたことだ。
 この貴族が詠った歌が万葉集の中にもあるらしい。それをこの妖怪は未だにそれを懐かしんでおるようじゃ」
「先生、もう眠いからいいです」
「そうか、わしもじゃ」
 
   了

   


2012年9月5日

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