松田杏子はベンチャー企業の社長三年目で行き詰まった。
企業向けのセキュリティーシステムがヒットし、業績は右肩上がりだった。
しかし最近社内の雰囲気がよくない。ミスが多くなり得意先からのクレームも増えた。
自分が女性であるから問題があるとは杏子は思わない。女性の上司や社長は珍しいことではないため、社員もそれが原因だとは思っていない。
クレームが来たとき、杏子はすぐに得意先に出向いた。問題は解決したが、原因が解せなかった。単純ミスなのだ。
帰り道、社員の高田と話し合った。
「今まで、こんなことなかったんですけどねえ」
「もっとチェックをしっかりやってね」
「やってます」
「やってたらトラブラないでしょ」
「今後気をつけます」
高田は不満そうに了解する。杏子はその表情を見逃さない。
「何か、最近おかしくない?」
「少しぎくしゃくしていますねえ」
「どうしてかしら」
「忙しいからじゃないですか」
「それだけ?」
高田は黙った。
「言ってよ」
「いいんですか」
「聞きたいわ。いえ、聞かせて欲しい。何か不満なんでしょ」
「場を作ってもらえませんか? 出来れば幹部全員が参加できるような」
杏子は了解した。
会社は日曜は休む。その日に幹部を引き連れ、貸し別荘でミーティングとなった。
幹部たちは高給を貰い、仕事も面白いし、職場も生き生きとしている。ただ最近取引先が多くなり、忙しくなっていた。
一番忙しいのは杏子で、オフィスでは常に走り回っている。
幹部たちはそれぞれ不満を吐き出したが、重大なものではなかった。
コミュニケーションが足りないのかと杏子は思った。有能な人材を集め、ロボットのように使っていることに限界があるのかとも思った。経営者としてまだ初心者の杏子にとって、目に見えぬ壁なのかもしれない。
しかし、そういうことではなかった。
一人の若い幹部がポツリと言った。
「もう何度も言ってますけどねえ。忙しいのが最大の原因です。社員を増やせばいいんですよ」
と、いう単純な話だった。
了
2006年8月14日
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