小説 川崎サイト

 

IT社長

川崎ゆきお


「未踏地を歩きたいなあ」
 探検家の話ではない。あるIT系社長の話だ。とっいっても社員は少ない。
「どの道を行っても誰かが歩いた後を追うだけなんだ。昔はそんなことはなかった。すべてが真っ白に近かった。場合によっては誰も踏み込んだことのない土地があった。道は自分で付けた。これが忘れられん。あのころはよかった。やる気があった」
「はいはい社長」
「社長と呼ぶな、社員は君だけじゃないか」
「でも社長ですから」
「今は未踏地はない。あっても専門的すぎる。私には興味のないジャンルだ」
「例えば?」
「君は私の話を聞き出そうとしているのかね。聞き上手なのかね」
「そうじゃありません。話しかけられたので、対応しているだけです」
「対応か、まあ、対応でも反応でも何でもいい。今は誰かの後を追いかける仕事しかない。他の仕事がないのだから、それをするしかない。しかし、やる気がない。これは何だ」
「知りません」
「だから、先頭を走りたいんだよ。すべてが新鮮に見えるような。自分しかまだ、それをやっていない……そんな仕事をしたいんだ。今は誰でもその気があれば出来る仕事だ。ついて行くだけだ。遅れまいと必死でね。そうじゃないんだ」
「もうよろしいですか」
「何が?」
「いや、だから、お話はそれで」
「ああ、愚痴を聞かせたねえ」
「仕事に戻ります。納期が迫っています」
「ああ、地味な作業に戻ってくれ。私は未踏地がないかどうか、調べる」
「ないと思います」
「どうして分かる」
「情報化時代ですよ。すべて見えています。考えられることは全部誰かが流していますよ。それに最近は後戻りです。昔あったものを見直すような感じでしょうか。早く行き過ぎたたので、見落としや見過ごしていたものとかを」
「詳しいねえ」
「だって、ネットでそんなことを言ってる人がいますから。聞きかじり、ああ、読みかじりです」
「ネットで流れない情報はないのかね」
「あれば、誰かがやってますよ。そして黙ってます」
「じゃ、あるんだ」
「そうですね。でも、黙っていたわりには大したことじゃなかったりします」
「何か、わくわくするような仕事がしたいねえ」
「そうですねえ」
「何となく我が社は、町工場の下請けのさらに下請けのようになってしまう」
「もう、なってますが」
「まあな」
「僕は給料さえ頂ければ何でもいいです。雇ってもらえるだけで」
「つまり、ぎりぎり二人分は食える程度か」
「あのう社長」
「何だ」
 社員が言いたかったのは本当に仕事をしているのは、僕一人で、だから、僕が社長を養っているようなものだ……と。
「ビジネスチャンスはきっとある。それを探すのが社長である私の役目だ」
「はいはい」
 
   了

 


2012年9月8日

小説 川崎サイト