小説 川崎サイト

 

囲う

川崎ゆきお


 ベッドタウンとなっている郊外の町がある。
 そこに妙な空間がある。異境でも魔界でもない。また、何もない空間ではなく、普通の家並みの町なのだが、外部から来た人は、そこに辿り着くのは容易ではない。最初から行く気がなければ、到達しないような場所にある。しかし、地続きであり、道も通っている。行こうと思えば行けるし、町の通りを通過することも出来るのだが、その入り口は一箇所だ。
 その町は平地にあり、丘や川が遮っているわけではない。問題なのは入り口が狭いと言うことと、それが見つけにくいことだ。当然そこで暮らしている人は出入りの方法は知っている。当然だろう。
 町内探検家の日下は、見知らぬ町内に入り込み、見学するのを趣味としている。こういうことで稼げるのなら御の字だが、ただの散歩人だ。里山散歩ではなく市街地散歩なのだ。誰でも出来るし、その成果を発表しても、大した価値はない。
 街中の妙な空間ばかりあさっている日下は、その町に近付いたとき、すぐに異変に気付いた。様子がおかしいのだ。それは日下のようなベテランにならないと分からない町の気配を察する能力だ。
 学校や遊園地、公園や集会所。団地やマンションや、普通の街並みが続く風景だが、道がない。
 小さな溝のような川が流れており、そこで行き止まりとなる。
 それはある区切りのある町の端っこと端っこの接点に当たる。分かりやすく言えば、行き止まりになり、その向こうに見えている住宅地への入り口がないのだ。当然封鎖されているはずはないので、日下は自分が知らないだけだと思い、円を描くように、向こう側の街並みを探しているのだが、なかなか見つからない。
 町名を見ると、同じ町の番地違い程度の場所だ。
 日下はタブレットを取り出し、地図を見る。これは最後の手段なので、解答を見てしまうと面白くはない。だが、全体像が気になる。
 地図に日下がいる場所が、やや外れながら表示された。人の家の屋根に立っている感じだ。それよりも真上から見ると、確かに区切られている。まるで別の町のように、そこだけ孤立しているのだ。平地だが、そこは島なのだ。
 地図で解答でもある入り口の道を見つけた。すぐそこだ。それなりに古い松の木がある。また、その下に石が転がっている。石灯籠かなにかが崩れたのだろうか。
 そして、その区切られた島のような街に入り込んだのだが、特に変わったところはない。普通の宅地だが、その中央部らしいところに大屋根が見える。庭も広い。建物は古くはない。立て替えたのだろう。これも普通の大きな家という程度で、古跡ではない。
 そして、あっという間に町の行き止まりまで来てしまう。小さな川があり、橋がない。道もない。路地ぐらいあればいいのだろうが、道を通す気がないのだろう。私有地のためかもしれない。
 日下は気になったので、戻ってから調べてみた。
 すると、飛び地らしい。領主が違うのだ。その領地は江戸時代、ある旗本の領地で三か村を領していた。その中の一つの村の中に飛び地があった。別の誰かの領地なのだ。それ以上のことは分からない。ネットではそこまでだ。
 日下はそれが化粧領などと呼ばれている場所ではないかと考えた。囲っている女人のお化粧代、生活費程度の収入が毎年入る程度の。それが女人かどうかは分からないが、こっそり世話していたのだろう。
 だから、飛び地というより、点のような領地なのだ。
 この辺りは旗本の領地だ。その中にある小さな領地。そう考えると、うんと位の高い人の持ち物ではないはずだ。
 村の中にある小さな村。そして、日下が見た大屋根のある大きな屋敷。その構えから、普通の村人が住んでいたとは考えにくい。村の規模が小さすぎるためだ。
 すると、あの屋敷には今でもその囲われ女人の子孫が住んでいるのかもしれない。
 日下はそれ以上調べなかった。なぜなら、その想像を残したままにしておきたかったからだ。
 
   了
   

 


2012年9月11日

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