小説 川崎サイト



釜揚げ

川崎ゆきお



 地獄の釜も休む盆の日、草加はサッカー中継をテレビで見ていた。もう既に昼は過ぎている。贔屓チームが大差で負けたのが原因ではないが、空腹を感じた。妻と子供は実家へ帰って、いない。
 冷蔵庫に冷やし中華や巻き鮨が入っていることを知っていたが、熱いうどんが食べたくなった。贔屓選手の故郷が四国だったためか、うどんを思い出したのだ。
 草加は自転車で外に出た。エアコンで冷えた体が急にあぶられた感じだが、夏の風が快い。
 だが数分も経たないうちに汗が吹き出し、信号待ちで止まるのは火あぶりの刑に等しかった。
 草加は住宅地の中を突き切る大通りに出る。食堂があったような記憶があるためだ。
 その記憶は当たっていたが、休みだった。その横のバイク屋もクリーニング屋も休んでいる。どの店も盆休みで数日休む貼り紙がある。
 草加はもう少し頑張ろうと思い、大通りと並行するように走る旧街道に入った。その沿道に昔からあるうどん屋を思い出したからだ。友達と食べに入った記憶がある。
 古い家並みが残り、大通りよりも涼しい。炎天下とはいえ、家並みや植木が日影をところどころ作っている。日影を通過するときの気持ち良さは、炎天下でないと味わえない。
 そしてこういう暑いときに食べる釜揚げうどんはかなり美味しいのだ。
 記憶通り、うどん屋が見えた。盆休みでも落胆しまいと草加は決心した。タライに入ったあのうどんは故郷の味なのだ。
 草加はうどん屋に近付いた。看板があるので、まだつぶれていない。問題は営業しているかどうかだ。
 草加の口元がほころんだ。白いのれんが見える。
 のれんが羽衣のように揺れている。草加は自転車を前に止め、のれんをくぐった。
 真っ白い割烹着の老人が迎えてくれた。草加が釜揚げうどんを注文すると、老人はよくぞそれを注文してくれたと言わんばかりに生き生きとした目を返した。
 しかし、いくら待っても釜揚げうどんは出て来なかった。
 草加は奥に向かい、声をかけた。すると老婆が面倒そうな顔で出て来た。
「今年も帰って来はったか」
 老婆はのれんを仕舞った。
 そういうことかと草加は納得し、店を出た。
 今度は炎天下でも少し涼しかった。
 
   了
 
 
 
 


          2006年8月16日
 

 

 

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