小説 川崎サイト

 

地図にない茶店

川崎ゆきお


 時間帯が違うと、世界まで違ってしまう。そんな錯覚を三上は覚えた。
 それは大した話ではない。世界観云々の話ではない。日常の話で、誰にでも起こっていることなのだが、あえて気にしないだけだ。気にしないというより、それで普通だと思っているはずだ。
 三上は昼食後、自転車で散歩に出かける。それが日課になっている。昼間から住宅地をうろうろしている人は少ない。だから、車も人通りも少ない。そのため、のんびりとした気分で町を抜けてゆく。それが、三上の散歩世界なのだ。
 ところが、ある日、夜にそれを実行してしまった。秋の日は短い。夕方から一気に夜になる。偶然その時間、自転車で出てしまった。夏場なら夕方だが、秋になってしまうと夜になる。
 このときの三上の目的が曖昧だ。自転車散歩は既に昼間やっている。夜になってから出かけたのはハンバーガー屋かドーナツ屋へ行くためだ。どこにでもある大きなチェーン店だ。
 しかし、それを食べに行くのではない。また、そこで休憩する気もない。店を見に行くためなのだ。
 そんなことが果たして目的と言えるだろうか。
 だが、三上の中では、言えるのだ。これは三上の持っている世界のためだ。そして、そういう世界は誰でも持っている。自分の世界地図を持っているのだ。
 それらファストフード店を見に行くだけなら、特に問題はない。問題はないが、妙な行動だ。それには理由があるはず。
 その理由は、新しくオープンした店がないかどうかを調べるためだった。そのため、知っている店ではなく、まだ見たことのない店を探すことになる。
 三上は昼間町内をうろうろしている。だから、新しく出来たのなら、すぐに分かるはずだ。
 しかし、三上のマップは、三上がよく通る場所しか出ていない。これはネット上の地図を見れば、ファストフード店はすぐに見つかるはずだ。しかし、オープン前の店なら違う。今まさに出来ようとしている店は当然ながら地図にはまだ載っていない。
 それを探そうということなのだ。
 遠くではなく、自転車で、ちょっと走れば行けるの距離で。
 これは、普通の人間の目的としては妥当だろうか。行動パターンとして妥当だろうか。
 妥当ではないことを三上は知っている。それにハンバーガー屋もドーナツ屋もそれほど好きではないのだ。たまに入るが、コーヒーを飲む程度で、散歩中の休憩所、つまり茶店として。
 なぜ、夜になってから、そんなことを考えたのかは分からないようだ。虫の知らせでもない。ふとそう思っただけのことだ。それ以上分析しても、何も出てこない。ただ、気になるのだ。
 何が気になるのかも、三上はしっかりとは把握していない。気になると、その気になる。それだけのことだろう。
 だが、自転車で、うろうろしているだけに、土地勘はある。
 その土地勘が当たるかどうかを試すようなものだが、近所には既にその種の店は複数ある。減ることはあっても増えることはない。
 コンビニも出来たり潰れたりを繰り返しているが、ここ数年落ち着いている。だから、動きがない。
 ハンバーガー屋が二店潰れている。過剰だったのだ。競合して負けのもあるが、流行らないで閉めた店もある。だから、今回探しに行くといっても、その確率は非常に低い。また、新規のチェーン店が出来たというニュースもない。
 ただ、三上には土地勘がある。その土地勘は、あまり通っていない道筋を差している。すぐ近くなのだが、車の量が多く、道が狭い。そのため、自転車は車道を走る。これは快適な散歩にはならないので、ここ何年も通っていない。
 あるとすれば、その通りだ。
 時刻は夕方。勤め帰りのマイカーで渋滞するほどだ。まずは交通量の多さに三上は驚いた。幹線道路なのだが、昼間はもっとすいている。その道をよく横断するので、車の量が夕方になると多いことは知っていたが、横切るのと乗るのとでは違う。しかし、この道に乗らないと、道沿いの店も見えない。
 狭い道を人が歩いている。それを追い抜こうとすると、後ろから来ている車にひっかけられそうなる。路肩を走っていても、車とすれすれだ。
 くしゃみをした瞬間、ハンドルが動き、車道側へ出てしまうと、大変なことになる。非常なる緊張感だ。全神経を使わないと走れない。しかも夜だ。
 もうそのとき、三上は店を探すことなどすっかり忘れていた。
 それよりも、いつもの町がいつもではなくなっていることでショックを覚えたのだ。まさに世界が違うのだ。
 それは、三上が自前で持っている世界とは、三上の行動時間や範囲内のみを差していること。三上の都合のいい場所だけが、世界になっていたのである。
 もう、このあたりは井戸などは使われていないが、その中の蛙だったことを思い知らされた。
 そして、ありもしないファストフード店を探すなどは、世界以前の話だろう。
 
   了


2012年9月20日

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