小説 川崎サイト

 

都会イメージ

川崎ゆきお


 田舎暮らしの森田は、たまに都会での生活を思い出す。それは地下街での思い出だが、特にドラマがあったわけではない。風景として思い出すのだ。
 多くの人が行き交い、高層ビルが建ち並ぶ、そんなイメージではなく、狭苦しい地下通路を懐かしがっている。
 そこは地下のメイン通りから横に入った場所だ。地下街の多くは長く延びており、それは道路の真下だ。何車線もあるような幅の広い道路の真下が、地下街ということだ。だから、横に入った場所とは、道路から外れて特定のビルの地下に入ることを意味している。
 そのビルが何だったのかは森田は忘れてしまったが、新聞社系の施設があった。その道路沿いに複数の新聞社がある。どの新聞社だったのか忘れたが、会館があり、その上にホールがあった。
 地下街と会館は繋がっており、正面玄関がある。そこではなく、勝手口のような通路が地下街から延びていた。
 ビルの地階は私有地だろう。きっと新聞社の土地だと思う。その会館の地下は食堂街になっている。ここが迷路のように入り組んでおり、低い階段もある。中二階程度の高低差しかないが、その先は路地のように狭苦しい。
 これは一度入り込むと抜け方が分からない。また、会館とは別に劇場もある。ビルは一つではないのだ。そのビルとビルを結ぶ通路もある。だから、今どのビルの下にいるのかは分からない。
 そして、狭い路地を抜けると、いきなり上へ登る階段があったりする。出てみると、ビルの裏側だ。
 森田はこの辺りで働いていた頃、昼を食べに、たまにこの路地のような地下街へ遠征に出ていた。
 ビジネスランチが売り物のカウンター席しかない小さな店。カレー専門店。コーヒー専門店。立ち食い蕎麦屋。地下街に横町があるような感じだが、飲み屋は不思議とない。
 大きなレストランもない。ちまちまとした喫茶店や靴磨きの店。散髪屋やクリーニング屋もある。
 森田はその一帯を食べ歩いた記憶がある。ほとんどの飲食店には入ったはずだ。安く上に入りやすい。ただ、食べているところを通行人から見られてしまう。
 都会のイメージとしてこの入り組んだ場所を真っ先に思い出す。
 今は新聞社も移転しているはずだ。だから、あの会館もなくなっているかもしれない。そうすると、その地下の入り組んだ飲食街もないかもしれない。
 森田はたまに都心部へ出る。しかし、その場所へ足を向ける用事がないので、その後どうなったのか分からない。
 今でもそこで、一つの皿の上に薄いビーフカツとサラダとご飯が乗っているビジネスランチを食べている姿を思い出す。その絵はなかなか褪せない。決してインパクトのある記憶ではない。だが、不思議と鮮明に残っているのだ。
 あの散髪の看板の横を回れば中華ラーメンの店があり、その並びに立ち食い蕎麦屋のようなカウンターだけの喫茶店がある。椅子はあるが、座っていると通行人の鞄が背中に当たったりする。
 それが森田にとっては都会のイメージなのだ。それは、今はだだっ広い田舎で暮らしているためだろう。
 森田は今度都心部へ出たとき、寄ってみようと思うのだが、毎回忘れている。それだけの用事ではやはり行けない、また、様子ががらりと変わっているのを見るのが嫌なのだ。
 
   了

 


2012年9月21日

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