小説 川崎サイト

 

徒歩と自転車

川崎ゆきお


 自転車派と徒歩派の話だ。
 そういう派閥があるわけではない。大村の友人に高野がいる。二人とも暇なのでよく散歩している。それで、たまに顔を合わせることがある。
 大村は徒歩で、高野は自転車だ。
「自転車の方が遠くへ行ける」
「徒歩でも行ける」
 自転車派の高野は徒歩派の大村が憎いわけではない。それなりに仲がよい。なぜなら顔を合わせれば雑談できる関係なので。
 そして、これは論争ではない。
「徒歩の方が地面を直接踏むため進み方が地味だが、地道だ」
「地味と地道。なるほど、地道とは地味な道なのか、舗装された道なのか、どちらだ」
「自転車では未舗装な道はきついだろう」
 高野の自転車はママチャリで、タイヤが太く振動を吸収できるオフロードタイプではない。
「徒歩では重い鞄はしんどいので、物を多く持っていけないだろう」
「鞄の整理になる。よけいな物は入れていない。それより、自転車はパンクすれば、それで終わりだ」
「いや、この近所なら、自転車屋はどこにでもある。山の中でも入り込まない限り大丈夫だ」
 退職後の二人なのだが、子供の言い合いだ。
「僕は自転車の代わりに靴を買っている」
「自転車でも靴は履くさ。靴を履かないで外に出る奴なんていないだろう」
「君の自転車よりも高い靴だ」
「靴は自転車じゃない」
「靴もタイヤだ。だから、僕の靴は高い。そして重くて丈夫だ。山登りも出来る。二輪で岩場は走れまい。階段の上り下りも出来ない。少なくても、そのママチャリでは。それに出来たとしても大変な体力を使う。ところが二足歩行の靴なら簡単だ。手も使える」
「じゃ、両方やればいいじゃないか」
「両方?」
「そうとも、自転車にも乗り、靴でも歩く。まあ、歩くとき素足は希だがな。室内なら別だけど」
「それじゃ君は自転車派から降りるのか」
「自転車から降りれば靴だ。そして、君のような高い靴を履けば、問題なく、君に勝てる。なぜなら、君は自転車を持っていない」
「自転車を持っていないのではなく、買わないだけだ。自転車があると、歩いて行ける距離でも乗ってしまう。これでは糖尿病になる」
「自転車に乗ると糖尿病になるのかい」
「そうじゃないが、運動量が増える。これで予防になる」
「自転車なら、より遠くまで行けるので、より多くの物が見れる」
「走りながらでは、さっとしか見ないだろう。じっくり見るには歩きに限る」
「そのときは降りて見ればいい」
 二人のミーティングは続くが、会話を楽しんでいるだけのことだ。
 
   了


2012年9月23日

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