小説 川崎サイト

 

幻想世界

川崎ゆきお


「最近幻想を見なくなりました」
「幻想ですか」
「まあ、いろいろなことを想像するということです」
「それは妄想ですか」
「それに近いですが、そこに物語があります。この現実とは少し違う世界が」
「それを妄想と言うんじゃないのですか」
「そうかもしれませんねえ」
「どんな幻想ですか。聞いてみたいです」
「それは怪奇探偵小説なんです」
「それは今時ありそうにないですねえ。怪奇も探偵も古いです」
「古い本の中に出てくる世界です。そこから発する妄想です」
「どんな感じです」
「給水塔です」
「はあ」
「団地なんかにある塔のように高い、あれです」
「ありましたねえ。団地より遙かに高く聳えていました。先がちょっと膨らんでいて、丸い三角形のような」
「ええ、その先端の膨らみに水を置くのでしょう。その高低差で団地の高い階まで水道水を押し上げるのです」
「その給水塔がどうして怪奇探偵物なのですか」
「窓があるんです」
「先の膨らみにですか?」
「きっと採光窓だと思うのですが、怪人のアジトのようにも見えるです」
「灯台みたいですねえ」
「そうそう、その明かりは点滅します。合図を送っているでしょう。手下や、その他の関係者に」
「それはやはり妄想ですねえ。いくら怪奇探偵物でも、それはあり得ないです」
「はい。そうなんですが、給水塔を見ると、それを思い出すのです」
「どうして、そんな幻想が沸くのでしょうか」
「それが、今はもう沸かなくなったのです。真剣にね」
「真剣にですか」
「本気でそう思っているわけじゃないですよ。それなら狂ってますよね」
「そうです。あなたは狂っていない。正常な人です」
「やはり、そこに世界があったのです。それが最近消えたようです」
「それはどうしてですか」
「興味をなくしたのかもしれません」
「なるほど、それで幻想も消えたわけですか」
「給水塔だけじゃありません。町のあちこちに怪人の痕跡を見ました。ちょっと背の高い二階屋だと、きっと屋根裏にもう一部屋あり、実は三階で、そこに怪人が潜んでいまいかと」
「なるほど、それは幻想というより、想像する楽しさですねえ」
「そうです」
「他には」
「深夜走る工事系の車両がありますねえ。鉄道の。あれは実は妙な物を運んでいるのではないかと」
「それはわかります。だって、もう終電が出たあとなのに、踏切が閉まったりします。何が来るのかと、最初はドキッとしましたから」
「マンホールもそうです」
「ああ、偽装ですねえ。秘密の地下室への入り口」
「そうです。しかし、これはよい例ではありません。私道なら別ですがね」
「はいはい」
「こうして、あなたと話していると、幻想が戻ってきそうです」
「それはいいことなのですか」
「あらぬ世界に浸るのは、安上がりでしょ」
「金銭の問題ですか」
「そうじゃありません。私は探偵趣味で、いろいろな道具類を持っています。探偵の七つ道具。これらは豊かでないと買えないアイテム類です。ケチっていっているわけじゃないのです。問題はそれに先立つところの幻想世界が開かないと、何も出来ない。ということです」
「はい、お大事に」
「大事にします」
 
   了


2012年9月25日

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