小説 川崎サイト

ダンジョンへ

川崎ゆきお


 これは一種のダンジョン物だが、日常の中から入り込むところが、ジャンル的にはどうかと思える。といっても、地下洞窟が広がっており、その中に世界がある。ということはファンタジーな世界だけに。それに対して、しっかりとした定義付けなど最初から必要ではないのかもしれない。
 ただ、物事には準備がいる。ダンジョン探索や探検、そして冒険やモンスターとの戦いは、普段着では難しい。それなりの準備や心づもりが必要なのだ。
 このダンジョンは、そんな感じで開いているのではなく、日常の中から入り込める。だから、いきなりだ。
 このダンジョンには複数の入り口があり、その一例が古い家の物置の下。
 この物置は二階へ上がる階段の裏に位置している。階段の傾斜裏だ。だから天井が傾斜している。三角形の空間。ここを物置にしている。
 高島はこの物置を開ける機会はほとんどない。日常的に使っていないのだ。旧家なので、古いものが詰め込まれている。ほとんどがガラクタだ。そのため金目になるものは何もない。それでいて、空間を占領している。それを片付けるため物置の引き戸を開けた。勝手口が近いため、その空間にゴミ袋を置くとう作戦だ。つまり、ゴミの日に間に合わないゴミの一時置き場。
 物置も、その入り口も板の間。だから、ゴミから何かが漏れ出しても、拭けばすむ。
 ガラクタを移動するに従い、床が見えてきたとき、板を張っている。
 通常は畳の長さほどの長い板を何枚か並べているのだが、短いのが数枚ある。
 これがダンジョンの話なので、当然それは床板を上げるとそこに穴がポッカリ空いている。本来は床下の土が見えるはずだが、それが濃い。闇の濃さなのだ。
 高島はイタチのようにそこに潜り込む。狭い場所なので、階段など出来ない。落とし穴のような垂直型だ。細い井戸のようなものだ。
 高さは結構あるが、穴の直径が短いため、徐々にずり落ちる感じとなる。これで、怪我はしないが衣服は汚れる。だが、この汚れは着替えればすむことで、洗濯すれば直る。だから、日常にはそれほど影響はない。
 ただ、そんな穴が空いていることが日常空間上あり得ないのだが、今のところ、それはただの落とし穴だと思えば、問題はない。
 だが、降りた場所はやや広い。人工的に作られた地下室なのだ。
 これも戦時中の防空壕跡だと思えば、不思議ではないが、そんな話を家人から聞いた記憶はない。防空壕はあったらしいが、隣近所と共同で入れる場所だ。今は駐車場になっている。
 その地下室の壁をよく見ていくと、横穴がある。そうでないと、世界が広がらない。
 そして、その横穴を進む内に、大きな鍾乳洞のような場所に出る。天井は高いが、地面も凹凸がある。四角いトンネルではなく、複雑な地形をしている。
 もうここまで来るとファンタジーだ。なぜなら、そんな大きな鍾乳洞があるのなら、知られているはずだ。また、高島の家は平野部にある。
 鍾乳洞にありがちなつららのようなものはない。だから、最初から人工的に掘られた巨大なトンネルで、不規則な地形に見えるのは、崩れたためかもしれない。
 そうなると、防空壕ではなく、地下軍事工場跡かもしれない。これは鉱山跡並にダンジョンぽい。
 しかし、ここまでは、まだファンタジーではない。実際にそういうものがあるからだ。
 最初の出会いは少女剣士だ。これで確実にファンタジーになる。少女剣士は西洋甲冑を着込んでいるが、防御力を無視した露出度の高いものを着ている。決して暑い場所ではない。
 少女剣士がいきなり現れる。それなりの事情があり、ここにいることが分かる。追われているのか、何かを追いかけているのか、それとも探しているのか、または、少女剣士もいきなりここにワープして、目が覚める見知らぬダンジョン内にいた。などと、勝手に物語が進んでいく。
 少女剣士と一緒にダンジョンの奥へ進むと、そこに武器屋の屋台がある。そこで高島は槍を買う。これはどの武器にするのかを選択できる。物語とは別に、武器は自由なのだ。高島の意志で決まる。
 高島が槍を選んだのは、その方がチャンバラでは有利だから。長いものでつついた方が勝てるのだ。しかし、高島は少女剣士のような小型のソードが欲しい。出来れば彼女より長くて太いロングソードが欲しい。槍では脇役っぽい。
 アックスも考えたのだが、自分の足を伐りそうだ。
 少女剣士がこのファンタジー世界のキャラだとすれば、それに合わせる必要がある。おそらく、このキャラと同じ世界が、このダンジョンでも展開されているはずなのだから。
 しかし、バランス的には槍ではなく、杖がいい。魔法使いの杖だ。なぜなら、少女は剣士だ。そのため、それをフォローする回復系の魔法が使える武器を選ぶほうがいい。しかし、高島は槍にこだわった。魔法使いは物理攻撃に弱い。
 だが、根本的な問題だが、自分は果たして魔法が使えるかどうかだ。だから、バランスだけを考えて、魔法使いの杖を選択するにはリスクがある。
 この少女剣士はあまり喋らない。だから、ヘルプがないに等しい。
 高島は、どういうキャラとして動けばいいのか、思案した。
「良雄」
 生々しいリアルな声が聞こえてくる。
「早く片付けないさい」
 振り返ると、母親がいた。
「いたっ」
 狭い物置で振り返ったので、頭を打ったようだ。
 
   了


2012年10月2日

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