小説 川崎サイト

餓鬼御輿

川崎ゆきお


 妖怪博士が久しぶりに妖怪の話をし始めた。
 いつもは雑談なので油断していた担当編集者はスマートフォンで録音のセットをした。それがなかなか出てこないので、話し始めてから数分間は未収録になった。
「餓鬼御輿だ」
「どんな妖怪でしょうか」
「地獄絵などに出てくる腹の膨らんだあの小さな子供に近いが、腹は出ておらん。餓鬼は鬼じゃが、角が生えておるわけではない。まあ、子供御輿のようなものだが、顔は子供ではない。これは成長しきった大人の鬼だ」
「はい」
 編集者はうまく録音できたかどうか、一度タップして止める。そして再生する。うまく入っていたようなので、ほっとしたようだ。
「聞いておるのか。久しぶりじゃぞ。妖怪の話は」
「はい、耳録音でしっかりと」
「御輿なので、一人では担げん。だから両手の指ほどの人数じゃな。十人以上は数え切れん。大勢ということになる」
「はい」
「そのため、これは妖怪談なのだが、狸囃子系で、狸が盆踊りをしている音や声がする。これに近い。つまり団体物じゃ」
「また、狸ですか。それなら、餓鬼御輿じゃなく、狸御輿でもいいのでは」
「うむ、それでもいい。しかし、狸が担ぐのは御輿ではなく、親分じゃ。親分を輿に乗せて担ぐ」
「関ヶ原の戦いでの大谷刑部のようなものですね」
「村祭りのは御神輿なので、神が乗っておる」
「それはいいですから、餓鬼御輿を」
「うむ」
 妖怪博士は、少し黙った。
「餓鬼御輿はいつ出るのですか」
「秋祭りの頃じゃ」
 それで、また黙った。
「考えているのですか」
「別に」
「では、続きを」
「終わった」
「あ」
「驚くでない。これ以上の展開はない」
「ああ」
 編集者はタップして録音を止めた。
「語りすぎると浅くなる」
「それでも理由があって餓鬼御輿が出るのでしょ」
「餓鬼の事情なので、よう分からん」
「どんな扮装ですか」
「そろいの法被で、白い短パンで、まあ、町内の子供御輿と変わらん。ただ、その顔が大人なんじゃ」
「それは怖いですが、どうして出るのですか」
「わけなく出る。それが妖怪じゃ」
「しかし、説得力が。聞いて、ああなるほどとなるようにしてください」
「餓鬼御輿だけでいいじゃろ。それで十分」
「そういえばそろそろ秋祭りですねえ。御輿も出ますねえ」
「村祭りで御輿が出るが、もうそんな村の風景ではなくなり、ただの住宅地になっておろう。しかし、村祭りの扮装で時代劇のようなことをしておる。いきなりそんなものに遭遇するとびっくりするぞ。だから、それそのものが妖怪に近い」
「そう、持っていきますか」
「妖怪とはそういうもの」
「本当ですか」
「ちょっとした食い違いで、異様なものに見える。そして、罪のないところで妖怪の仕業にする。
「では、妖怪博士は、秋祭りの御神輿が出ているのを見て、それを妖怪だと思ったのですか」
「いや、違う。私が餓鬼御輿を連想したのは園児が行列を作って歩いておるのを見たときだ」
「はい」
「その園児達を後ろから見ていた。園児達の顔が大人だと怖いだろうと思ったまで」
「そこから来てましたか」
「ただ、わけなく行列はできんので、担がせたまでのこと」
「先生」
「何だ」
「担ぐって、怪しい言葉ですねえ」
「ああ、一杯食わされた。担がれたの、あの担ぎに近い」
「先生」
「何だ」
「それはただの語呂です」
「言い違いや、言い間違いで、あり得ん組み合わせとなり、そこからバケモノが出る」
「分かりました。次回は本物の妖怪談をお願いします」
「ああ、考えておく」
 
   了

 


2012年10月5日

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