小説 川崎サイト

無人フロア

川崎ゆきお


 富田はファストフード系のコーヒー屋へ毎日通っている。時間は決まって昼過ぎだ。昼食後の一服を楽しむためでもあるが、ノマド的な作業をノートパソコンを持ち込んでやっている。客が一服しているときに仕事をやっているようなものだ。逆に家では仕事はしない。ゴロンと横になったり、テレビを見たり、ゲームをして過ごしている。
 レジは一階にある。そこにも席はあるが、禁煙になっているため、二階に上がる。こちらのほうがレジがない分、席も多い。三階もあるが、満席にならない限り解放されない。
 富田はいつものようにアイスコーヒーを頼み、それを盆に乗せ、狭い階段を上がる。途中で九十度の角度で回り込むための踊り場がある。最初の上がり口からでは二階の様子は見えない。階段の壁が見えるだけだ。曲がり口からも二階は見えない。そういう構造になっているのだが、元々ファストフード店のために建てられた三階建てのビルではないので、この店の意志ではない。
 最後の一段を上りきると、右側が開け、席が見える。そこへ行く壁沿いにゴミ箱や灰皿や紙コップや給水器がある。それが分かっているので、そこで紙コップに水を入れ、灰皿を盆の上に乗せる。
 これは毎日やっている。この店は年中無休のためだ。
 富田は、もう目を瞑っていても出来る自動化された動きになっている。
 ところが、そうではない現象にぶつかった。現象とは何かが立ち現れるような感じなのだが、ここでの現象は、消えているのだ。
 客が誰もいない。
 テーブルや椅子は多いが、昼過ぎのこの時間、結構満席に近い状態になっている。台風で暴風雨圏内でも入らない限り、客は常に多い。それが、忽然と消えている。
 客の中には顔見知りもいた。軽く挨拶を交わす程度だが、そういう客が一人か二人は常にいる。その常連客もいない。
 誰もいない。
 何かあったのだろうかと思って当然だろう。今までそんなことはなかった。と言い切れるかどうかは怪しいが、いつもより客が少ない日はあったが、こうまでいなくなるのは始めてかもしれない。
 富田はいつもの席に着く。混んでいるときはここには座れない。いつもは第二候補か第三候補だ。
 そして、いつものようにノートパソコンを取り出す。
 アイスコーヒーにシロップとフレッシュを入れ、適当に攪拌する。レジーム機能で画面に現れたやりかけの表が表示される。すぐに作業に入る。
 最初にやるのは、表の中に日記を書くことだ。
 しかし、気になる。
 一階のレジには店員がいた。しかし初めて見る顔だった。一階のテーブルに、客がいたかどうかは覚えていない。見ていないのだ。
 表のセル内に、そのことを日記として書く。日記は二種類あり、プライベートなメモと、仕事の進み具合を記録する日記だ。
 そして、別の表を開け、集計した商品の備品一覧を整理し始めた。何が足りているか、何が余っているかを調べる。
 そして、一時間半ほどで、喫茶店オフィスでの仕事を終える。
 やはり気になる。
 その間、客が誰も上がってこないのだ。
 富田は盆をゴミ箱の上に置き、そのまま九十度折り返しの狭い階段を降りる。最初の踊り場を越え、さらに降りると人の気配がする。降りきると店内が見える。満席だ。
 ああ、そうかと富田はやっと納得した。
 降りたところはレジのある一階ではなく、二階のいつもの客席だったのだ。
 間違って三階に上がっていたようだ。
 
   了


2012年10月10日

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