語り継ぎ
川崎ゆきお
今の話をすると、どんどん古くなる。少し前の話は、最初から古い話なので、何とかなる。さらに古い時代の話になると、安定している。
子供時代の話なら、安全圏なのだが、記憶が薄れ、逆に不鮮明で間違いも多い。それに大人になると、もう子供の頃の気持ちが見えなくなる。だから、その話は大人が見た子供時代の話となり、子供の視点ではない。
高橋は子供時代の話を語るとき、大人である今の高橋が脚色した話になることを恐れた。それは過去を作ってしまうことになるからだ。捏造だ。
「そんなこと気にしないよ」
その話をすると、友人の近藤が、そう答えた。
「どちらにしてもおとぎ話を聞くようなことだからね。それが嘘でも本当でもそれほど関係ないよ。大した意味はないんだから」
「いや、僕の中では意味づけが違ってくる。やはり正確を期さないと」
「だから、懐かしい話を聞いただけのことで、それだけで十分だよ」
「僕は捏造し、過去を冒涜した。その罪は何処で受けるのだろう」
「だから、そんな大したことじゃないってば」
「そうなんだが」
高橋は神経質になっているようだ。
「その話は何処でやるの」
「小学生相手のボランティアだ。昔の子供はこんな生活をしており、こんな遊びをしていた……とね」
「それで、嘘八百を語ったのかい」
「つい、調子に乗って、講談をやってしまった」
「講談かい」
「子供の頃、子供戦争があり、このあたりは戦場になった。多くの子供がいくさに参加し、多大な被害、犠牲を与えた。また、戦闘員以外にも迷惑を掛けた。その謝罪が必要だ」
「そんなこと、あったのかい」
「ない」
「どうして、ない事を話したんだい」
「盛り上がる話が欲しかったんだ。パンチ力のある。迫力のある。そういう話をね。それは受けるんだ」
「子供達は信じたのかい」
「さあ、それは分からない。反応は良かったが……」
「つまり、高橋君の武勇伝を語ったわけだ」
「しかし、本当にチャンバラごっこをやったわけじゃない。怪我をするからね」
「じゃ、捏造なんだ」
「戦争なんてなかった。チャンバラごっこもなかった。その真似事はしていたが。誰も本気を出さなかった。痛いからね」
「うーん」
「昔の話をするのが怖い。なぜなら、嘘を入れられるから。実際にはなかったことをね。そして、本当にあったことは絶対に語らない。随分勝手だよ」
「次もまた、そのボランティアに行くの?」
「ああ、招いてくれた先生が、凄く気に入ったらしいよ。もっと聞きたいと」
「受けたんだ。やっぱり」
「だから、またフィクションをこしらえないといけない。罪悪感で一杯だ。子供時代を冒涜するような感じだ」
「当時の人はいないんだろ。そこには」
「ああ、先生も若い。だから、何を言っても信じてくれる」
「言い放題だね」
「講義ではなく、講談だから、まだ救われるよ」
「そうだね」
了
2012年10月11日