小説 川崎サイト



仕事の鬼

川崎ゆきお



 倉田は仕事の鬼だった。
 と、いつの間にか言われるようになっている。
 倉田は鬼になる気はなかった。そうなった原因を知りたかった。
 今もいくつものプロジェクトを抱えている。それだけ業界は倉田を認めていることになる。
 倉田は意地が強いだけかもしれない。そう思いながら機中で手帳を眺めている。倉田としては珍しい見方だ。チェックするつもりではなく、漠然と眺めているのだから。
「齢をとったのかもしれない」と、呟くがまだ四十半ばだ。
 人は懸命に励めばそれなりの達人になれる。やったことが報われるし、地位も上がり収入も多くなる。
 倉田は若い頃からやる気満々で、ライバルを打ち倒していった。それだけの努力をしたからだ。それは並大抵の苦労ではない。相手の上に出るには、相手以上のことをやり続けた。
 しかし家庭は崩壊し、体調も崩し、入院もした。今も健康とは言えない体だが気合で乗り切っている。
 その倉田が手帳を単に眺めている。
 今も業界は倉田を必要としていた。最前線の司令官的仕事だ。
 倉田は打たれ強かった。タフなのだ。我慢強さはその顎に表れている。何でも噛み砕ける恐竜のような顎をしていた。
 どんなきつい言葉を受けても耐えられる精神力があった。ふんわりと交わし、ダメージをゆるめるのではなく、反射させるように弾き返す強靭さだ。
 その倉田が手帳をぼんやりと見ている。
 このままでは健康によくないのは分かっていた。食欲はあるはずなのだが
 機内食が口に入らなかった。
 いつもはそれを薬や気力で乗り切った。倉田が参加しないとプロジェクトは進まない。
 倉田の意志の強さは、それが壊れることを恐れてのことだ。意地が強いといってもよい。
 仕事の鬼と言われるようになったのも、仕事のやり方が巧みだからではない。全身全霊をかけて挑み続けた結果だ。
 その意味で単なる性癖ではないかと自覚するようになった。
 胃が痛みだした。
 倉田は薬入れから何やら取り出し、口に入れた。
 今度は手帳の文字を素早くチェック出来た。
 生き急ぎ過ぎたかもしれないと思いながら。

   了
 
 
 


          2006年8月22日
 

 

 

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