小説 川崎サイト

穢れ

川崎ゆきお


 時計を見ると終電が近い。イベントが長引いたためだ。別に行く必要はなかったのではないかと思うほど、陳腐なものだった。
 高橋はイベント中、終わってから何を食べようかと考えていた。
 知り合いも多く来ているので、一緒に出て、何処かに入ることも考えれるが、終電が迫っている。そのため、飲み屋に入ってもすぐに出ないといけない。中途半端な時間だ。
 イベントは仲間内と、いつも来る関係者が九割を占め、一般の人に見せるイベントとしては失敗だった。しかし、誰もそのことに触れようとしない。そういう高橋もその一員だ。参加しないと、仲間内から外れるわけではないが、来ていないと妙に思われる。これはお互いにそう思っているだけで、大した義務はないのだが。
 イベントが失敗だったもうひとつの理由は、長引いたためだ。そのため、終電までの間、外で毒気を落とす儀式が出来ない。お清めの場が必要なのだ。それほどそのイベントが陳腐で、腐っていたためだ。腐敗なのだ。だから、清める必要があった。
 腐敗の原因は、これもまた仲間内に受ける楽屋落ちが多く、見知らぬ客相手での興業ではなかったからだ。
 会場から出た九割の関係者と、一割の客は駅へと向かった。寄り道する時間がないためだ。
 しかし、高橋は毒落としをしたかったので、その列から外れ、ターミナル駅近くの繁華街へ向かった。
 終電近くでも開いている店で、しかも飲み屋ではなく、気楽に入れるパーラーのようなものを知っていた。
 それは飲み屋街にある。
 そのパーラーでは軽食を出している。
 ピザトートストやピラフにカレー。それと飲み物のセットだ。
 当然コーヒー一杯でも面倒なく座れる。
 高橋はピザトーストとアイスコーヒーを注文した。セットだ。
 客はほとんどがお一人様で、間を置くための場所として使われているようだ。つまり、店に特徴はない。だが、近くの喫茶店はほとんどが閉まっている時間、ここだけは遅くまで開いている。
 店の人には気配がない。つまり目立たない。そして、客も目立たない。
 この時間帯は、酔いを覚ましに来ている人もいる。祭りの場から、普段に戻れるような場なのだ。
 そして、これは非常に大事なことなのだが、布のおしぼりが出る。
 高橋はそれで顔を拭く。お清めだ。御祓なのだ。穢れを清め、払い落とす。
 その儀式後、ピザトートストとアイスコーヒーを飲む。
 高橋は、先ほどのイベントについて何か書かないといけない立場にいる。ちょっとしたコラム欄を担当している。
 最後は御祓で終えたというようなことは書けない。
 では、街ネタコラムで、このパーラーを書くかと言えば、それは書けない。なぜなら、何の特徴もないからだ。
 そして、商売とはいえ、自分がプライベートに利用している場所や店は、絶対に書かないようにしている。
 穢してしまうからだ。
 
   了

 


2012年10月18日

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