小説 川崎サイト

迷路抜け

川崎ゆきお


 世界的に有名なダンジョンゲーム、つまり迷路を舞台としたゲームの作者が、大阪梅田の地下街で迷ってしまい、迷路抜けの達人でも踏破できなかったことは未だに語り継がれている。
 だが、それらのゲーマーも、高齢化し、当時、目を閉じていても地下街の何処にでも最短距離で行けなくなっている。
 それは退職し、梅田地下街群を通らなくなったためだ。
 岸和田も、ゲーム作者が迷ったことを聞いて笑った口だが、しばらく行っていないと、新マップが出来ており、馴染みのない洞窟となっているため、迷うことが多かった。
 同じ場所でもリニューアルされ、つまり改装されて別の場所に来たような気になるのだ。しかし、頭の中には昔のマップが生きており、未だにそれを使っている。ただ、新マップへの入り口が大きく開いていると、メインの通りを見失うことになる。
「遺跡だ」
 岸和田は既に完全に迷っていた。いる場所は分かるのが、方角が分からない。ここを抜ければ、あそこへ行けると分かっているのだが、方角の把握が大事だ。それが出来ていない。
 遺跡と言ったのは、リニューアルしても変わらないままの階段を発見したからだ。この階段は、ちょっとした段差に付けられた数段ほどの階段で、そこだけが色や材質が違う。古いのだ。角は丸みを見せ、何人もの人が通ったことを示している。
 その小階段には見覚えがあったが、全体があってこその部分だ。部分だけ見ても、それが何処で使われていたのかが分からず、方角把握の役には立たなかった。
 頭の中のマップは完全に崩れているが、何とか繋ぎ合わせて、旧時代の骨格を探ろうとした。
 おそらくショッピング街になったため、そこから出さない作戦に出ているのだ。だから、メインである通り抜けるための通路を隠しているのではないかと。
 出入り口は派手に飾られ、迷路で言うところの島に導こうといている。袋小路ではないが、巧妙に通路を隠しているのだ。
 つまり、岸和田は旧街道を探している。
 それで、古びた小階段を見て、遺跡だと言った。これを手がかりに、旧街道を見つけようと。
 行き先を示すプレートが貼られているが、意地でも見ない。ヘルプを見るのはゲーマーとして恥だ。すべての地下街通路を踏破した岸和田のプライドにも関わる。
 岸和田が目印にしていた立ち食い蕎麦屋もない。あるわけがない。ファッショナブルなショッピング街になっているのだ。年寄りが爪楊枝で歯を掃除するような場所ではない。小腹が空いたので、ちょいと立ち食い蕎麦を、という需要は無視されているのだ。その立ち食い蕎麦屋前からもう一階層下の地下へ入り込む階段があり、それは地下鉄方面へと繋がっている。しかし、立ち食い蕎麦屋はない。
 そこが駅ビルの地下なのか、デパートの地下なのかも分からなくなり、何階にいるのかさえ定かでなくなっている。しかし、「いい感じになってきた」と岸和田は呟く。願ってもない新マップに足を踏み入れているのだ。
 ゲームでは、新マップはレベルの高くなりすぎたプレイヤーのキャラが、より強力なモンスターと戦えるために作られるケースが多い。だから、ベテラン向けなのだ。
 岸和田は目的地へ行くより、この新マップ踏破に切り替えた。
 しかし、周囲は若い女性が多い。お爺さんがうろうろしているようなフロアではないようだ。
 岸和田は、そういうタイプの迷路抜けもよく知っている。客にまんべんなくフロア内を一巡させる縄張りを張っているのだ。
 狭い場所をうろうろしていると、すっと抜けれそうな方向があった。しかし、これもトリックで、壁に鏡を張っているのだ。もう少しで岸和田は、この単純なトラップに引っかかるころだった。あれは奥があるのではなく、端っこなのだ。そこまで誘導させるための仕掛けなのだ。
 そして、フロアは抜けたが、何処に出たのかは分からない。古代遺跡もない。リニューアルではなく、新マップなのだ。
 そろそろ疲れてきたので、岸和田は戻ることにした。
 脱出方法は簡単なのだ。ヘルプを見ることではない。人の流れに付いていくことだ。それが本流で、支流から抜け出せる。
 要するに大勢の人のあとを付いて、外に出た。
 そして、地上から改めて、建物を見た。それはビル群と言ってもいい。複数のビルが繋がっており、どのビルにも地下階層が少なくても二層ある。そして上も二層から三層はありそうだ。これは一生かかっても踏破できないと岸和田は考えた。なぜなら、ここへ来る機会は年に何度かになっていたためだ。
 
   了


2012年10月19日

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