K町の遺跡
川崎ゆきお
「これは錯覚なのか、実際にそうだったのかは分からない。もし本当にそうなら大変なことで、異空間へ入り込んだことになる」
竹田老が重々しく、そしてゆっくりと語り始める。年で喋り方が遅くなったのだろう。それと、頭の中に言葉が出るまで、間が開くのかもしれない。
「K町を知っているかね。それほど古い街ではないが、最近出来た町じゃない。従って都市計画からは外れた乱雑な街だ。といっても通りを歩いただけで、街そのものを鳥瞰したわけではない」
聞き手は神妙に耳を傾けている。拝聴という感じだ。何せ偉い人なのだ。
「K町がおかしいと感じたのは翌日だ。K町に用事があって来たわけではない。K町を抜けたところに古代人の遺跡がある。住居跡だ。ちょいと山に取りかかったところにある横穴式だ。まあ、洞窟のようなものだね。掘れば天井と壁が出来る。だから、簡単なんだ。天然の洞窟ではない。まあ、防空壕の浅いような、そんな横穴だ。だから、K町には用事はない」
聞き手はK町がどうかしたのかと、話を戻そうとした。
「K町はおかしい。異変と言ってもいい。妙なんだなあ。あれはおかしいとしか言いようがない」
どういう風におかしいのかと聞いてみる。
「変わっておらんのだよ。あの遺跡が見つかったのは二十年ほど前だ。だから最近なんだ。山沿いにしか、もう土地はないのか、宅地にするための工事をやっておったときに出てきた」
竹田老が遺跡の話に持っていこうとするのを、聞き手は止めた。
「二十年前と通りの姿は変わっておらなんだ。これはあり得ない。さすがに駅前は昔とは違っておったが、遺跡へ向かう道は、昔と同じような商店と住宅が続いており、ビルはせいぜい三階建てで、商店の多くは木造の二階屋だ。あとは長屋のような家が続いており、所々に松が植えてある。そして、かろうじて商店街であることを示すシンボルとして、行灯がかかっておる。二十年前に見た光景と同じものだ。これはあり得ない。保存すべき街並みでもない。住んでおる人が適当に改築したり、建て直すだろう。それが、そっくりそのまま残っておったんだ。これは通っているときには気付かなんだ。街並みの調査に来たわけではないからな」
確かに不思議な話だと、聞き手は思った。その表情を見て竹田老は満更でもない顔をした。
「それに気付いたのは、戻ってからだ。疲れたので帰りはタクシーでを使った。そして夜中にふと気付いたんだ。寝る前にな。特に都市計画など、なかっても、街は変化する。二十年経つと別の街並みになっておる場所もある。K町は郊外とはいえ市街地だ。二十年前と同じ街並みがそこにある。それは異変だろう。異空間に近いじゃないか。そうだろう」
それは、K町に問い合わせれば分かると、聞き手は答えた。
「問い合わせれば、教えてくれるだろうよ。そして、それなりに変化があったことも。住んでいる人も違っていよう。電柱も新しいのに変わっておろう。しかしわしが見たのはそっくりそのままなんだ。といってもしっかりと二十年前に見たわけではないがな。だから、単なる印象かもしれん。そうあって欲しい」
聞き手も考古学者だ。
そして、この長老先生のことを心配し、訪問しているのだ。
「わしは二十年前の街並みを歩いておったことになる。そこを通り抜け、山沿いの遺跡まで行った。しかし、なかった。何故なんだ。やはり異空間に紛れ込んだのだ。なぜなら、二十年前、まだ発見されておらなんだからな」
聞き手は、この竹田老が、一駅手前の駅で降りてしまっていたことを、どうしても言い出せなかった。
了
2012年10月20日