小説 川崎サイト

吊るし物

川崎ゆきお


 これは気配物とは言いきれないが、出たのか出なかったのかがはっきりとしない怪談だ。
 怪談とは元々怪しい話なのだが、語りそのものが怪しいこともある。怪しい談話と言ってもいい。
 ワンルームマンションが舞台なので、都市伝説と言ってもいいのだが、街が出てこないと、都市伝説らしくない。
 この話はワンルーム内だけの密室物だ。
 気配というのは内からではなく、外からの刺激に対して使われる。だから、内から出てくるものではないが、感じるのは内だ。
 遠雷。
 そのうち、稲光が音もなくする。刺すと言ってもいい。遠いのだろう。しばらくしてから音がする。また、遠いのか、ゴロゴロと大人しい音だ。
 ただ、稲光で室内が一瞬明るくなる。そこに人が立っている姿が出ると、完全に怪談だ。これは気配ではない。具がそのまま出ている。
 そんな遠雷の夜。何か妙な気配を高岡は感じた。これは一瞬の閃光が影響している。そういう雰囲気になるのだ。
 高岡は遅くまでパソコンに向かっている。ネットで調べ物をしているうちに、他のキーワードも気になり、次々と検索を繰り返したり、読んだりしていると、時間があっというまに過ぎてしまったのだ。
 遠雷は徐々に聞こえなくなった。だが、何か気配がする。
 気配とは、人がいることを指す場合が多い。高岡もそれに類するものを感じたのだ。高岡以外の誰かが近くにいると。
 自分以外は誰もいないはずなので、勘違いだと最初は思った。
 室内は見渡せる。ドアの向こうに洗面所がある程度だ。キッチンは見えている。見えていないのはドアの向こうだ。
 ネットの画面には写真が表示されている。絵なのか写真なのかが分かりにくい。写真と絵を合成した人物画だ。そんなものを見ているから、妙な気分になったのかもしれない。
 なったついでにと思い、ドアを開けた。洗面所、風呂場を確認。当然だが、誰もいない。いれば、大変なことだろう。誰もいないことを確認したいだけの行為だ。そして、百%、誰もいないと思うから調べる気になったのだ。
 だが、この気、どうして起こったのかだ。
 パソコンの前に戻るとき、ベランダの硝子に人影。
「来た」や「出た」と高岡はしっかりそれを言葉として発音した。叫び声ではなく、言葉になっている。
 しかし、これは分かっていることなので、安心して驚けた。人影は吊しているパーカーだ。
 人影はゆらりゆらりと揺れている。風だろう。このあたりも完璧に説明が出来る。
 ベランダのガラス戸は磨りガラスなので、人影のシルエットだけが見える。念のため、高岡は開けてみた。
 これが幽霊なら開ける勇気がなかっただろう。高岡はパーカーをちょっと見ただけで、すぐに閉めた。秋も深まり、夜は肌寒いからだ。
 気配物の怪談なら、これで終わるのだが、怪談らしくするには、翌朝に起こったことを書き加える。
 ベランダのガラス戸を開けると、吊していたパーカーがない。
 
   了

 


2012年10月22日

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