ファンタジー欠乏症
川崎ゆきお
「朝は朝星いただいて、夜は夜星いただいてだ」
「何ですか、それ」
「始発から終電まで働いてるってことだ」
それが先輩の解答だった。
後輩はまだ大学生で、先輩は正社員として働いている。
後輩が問いかけたのは、最近あの世界、行ってますか? だった。
「あの世界か」
それはゲーム世界だった。
「忙しくて、行っていないよ。家に帰れば、寐るだけ」
「苦しそうですねえ」
「だから、あっちはご無沙汰だよ。君はまだやってるのかい」
「はい、攻城戦で城を落とし、領土を得ました。今は、その守備と、領土拡大で忙しいです」
この二人は、パーティーを組み、やがてギルドを作り、メンバーを増やていった。先輩が就職したので、後輩はギルドマスターを引き受けた。
「いいねえ。あの世界。二人でのしていった。色々な戦いがあった。一番凄かったのは、巨大ボスキャラを倒したことかな。あれを倒せるギルドは滅多にいない」
「はい、深夜に始め、倒したのは朝方でした」
「そうだよ。あの時、高い魔剣を買った。あれはまだ持っているか」
「はい、あの魔剣があったから倒せたのです」
「その魔剣の必要性を、僕は予測していた。だから、ギルドで貯金をした。だから一度も課金ものは使っていない」
「はい」
「懐かしいなあ」
「また、参加してください。IDはまだあるんでしょ」
「いや、しばらくやっていないから、戦闘方法も忘れたよ。それにレベルも昔のままだし」
「レベル百以上の人はほとんどいません」
「復帰したいけど。やってる暇がない」
「金曜の夜はどうですか」
「帰ってから寐てしまう」
「じゃ、土曜日は」
「仕事を持ち帰ってる」
「日曜日は」
「何もしないで、ゆっくりしたい」
「ああ」
「ケータイ版はどうですか」
「ケータイ系は金を使わないと駄目だ」
「移動中に出来ますよ」
「ミニゲームならいいけど、しばらくは無理だ。やはりやるにはしっかり腰を据えてやらないとね」
「会社もゲームのように楽しければいいですねえ」
「ああ、ファンタジーが欲しい」
「じゃ、僕降ります」
電車が止まり、後輩は降りた。
先輩は、そのまま都心部の会社へ行く。まだ、昼前だ。外回りで社に戻る最中だった。
ゲームを再開するため会社を辞めるわけにはいかない。
会社にはファンタジーがない。
「ファンタジー欠乏症だ」
ドアが閉まる音と、その呟きは同時だったので、その言葉はかき消された。
了
2012年10月25日