小説 川崎サイト

趣味人

川崎ゆきお


 風景の中に立っている男がいる。問題は背景となっている風景だ。それが自然の野山なら、ハイカーだろうか。しかし、その男はカジュアルだが山登りの姿ではない。そして、手ぶらだ。鞄類は持っていない。ブルゾンの襟を立て、ポケットに両手を突っ込んでいる。そして背景は海岸で、漁村だろうか。ただ、村と言うには今風でフェリー乗り場もある。少し前の今風だ。
 男はこの港の人間ではないようだ。すると旅行者かもしれないが、観光地らしい場所ではない。もし今風な街なら、この男は不審者だ。
 男は不審者をやるために、この港町に来たわけではない。そしてある意味でも、その意味でも、どんな意味でもいいが、旅行者だ。ただ、本人は旅人と自称している。だが、他人にそれを言うときは、旅の者といい、決して旅人とは言わない。さすがに言い方が古すぎるためだろう。
 男は風来坊のように、その港町へ来た。さすらい人ではなく、普通の勤め人だ。ただ、数ヶ月に一度は、そういう行為をする。観光ではない旅人として振る舞うため。
 男はフェリーで行ける島や、街によく出かける。鉄道派と船派という分け方も古くなった。今はマイカーでの移動や、長距離バスでの移動、そして飛行機もある。
 ただ、この男の情緒に反するのか、船旅を好んだ。何が反しているのかは分からないが、それは雰囲気だろう。さすらい人の雰囲気だ。
 男は日帰りふぇ帰ることも多い。また、フェリーで一泊したり、仮眠することもある。要するに旅先の宿屋には泊まらない。
 歌謡曲にあるような港町はそれほど多くはない。マドロスさんもあまり姿を見せない。そして、そういう港町の歓楽街へは男は寄らない。ただ、通り過ぎるだけで、店には入らない。
 しかし、風情としての港町の歓楽街は絵になる。その絵にふさわしいスタイルかどうかは分からないが、船乗りに見えなくはない。ただ、漁船だが。
 しかし、男は色が白い。市街地で働くラリーマンのためだ。そして運動はしない。筋肉もない。
 風景の中に立ち、ぼんやり海を見ている男。もうそれだけでご満悦なのだ。
 それを済ますと、さっさと帰るだけで、特に何かをするわけではない。
 そんな趣味人もいるのだ。
 
   了
 

 


2012年10月27日

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