小説 川崎サイト

霊能者

川崎ゆきお


 妖怪博士は久しぶりに霊媒婆宅を訪れた。宅は川筋にあり、宅と言っても納屋のようなものだ。家を建ててはいけない河川敷にある。宅というより野菜の直販所のような感じだろうか。
「何かありましたか」
 何か事件でもあったのかと、老婆は聞く。
「いや、何もない。近くまで来たので、寄ってみた」
「そうか、道の駅のようなものじゃな」
「茶店と思っておる」
「じゃ、茶を出さねばな」
 老婆は薬缶を持ち上げ、茶碗に注いだ。夏場は過ぎ、秋も深まっている。そのため、お茶を冷やす必要はない。
「最近霊感商法が流行り、わしは迷惑しておる」
「婆さん、あなた、昔から自分のことをわしと言っておるのか」
「ああ、若い頃からな。生まれ在所では女子でも自分のことをわしと言うんじゃ」
「それはいいが、霊感商法は、古代からある」
「わしもそっちをやっておれば、こんな小屋がけなどせんですんだがいな」
「がいな?」
「いちいち反応するでない」
「うむ、それでは先を話されよ」
「わしはインチキじゃが、大金は奪わん」
「インチキだったのか」
「ああ霊感など、ないわな。また、霊など乗り移らん。だから、霊媒師ではない」
「本物の霊媒師をどう思う?」
「それは言わぬが花」
「風雅よのう」
「風流なものか、わしも観光地で店を出したい。一階は霊場で、二階は住居でな」
「場末のスナックのようだな」
「通わんですむからのう」 
「霊媒師について聞きたいのだが、どうだろう」
「無料でか」
「その代わり、妖怪の知識をただで教える」
「いらんわ、そんなもの」
 霊媒婆は暇なので、話すことにした。
 霊媒師と言っても、この老婆は何でもやる。占いや祈祷も。だから、色々やり過ぎて、信用を落としたようだ。
 しかし、常連客が付き、何とか生計を立てている。実際には茶飲み話をしにくるだけなので、霊感云々は、もう関係していない。
「霊媒師は、霊が乗り移る。これは知っておろうが」
「霊視はどうじゃな」
「それが、そもそもインチキで、そんなもの見えたら、普通に暮らせんがな」
「実際に見える者と出合ったことはあるか」
「分からん」
「とは?」
「本人が見えると言うから、まあ、見えるんじゃろうが、信頼できる相手なら、信用するかもしれんが、わしが会った霊視家達は駄目じゃった」
「では、いないと」
「そうではない。わしもその道の人間なのでな。まあ、同業者じゃ。客ではない。最初から疑ってかかっておる。わしがインチキなので、こいつらもインチキだろうと、そう思ってしまう。だから最初から信頼とかはない」
「何かよく分からんが」
「欺される側の問題なのじゃよ。信頼したくて信頼する。信じたいと望むことが大事でな。だから、こんな小屋がけでは信頼性がない。それだけのことじゃ」
「婆さんは人を欺そうとは思わんのか」
「わしにはその才能はない」
「才能とな」
「そう、才能じゃ、ペテン師の才能は天性のものでな。これは相手に心にうまく入り込む。まあ、この才能を霊視と呼んでもかまわん」
 婆さんの言わんとするところを妖怪博士にも何となく分かる。それは超能力ではなく、相手の気持ち先読みする能力なのだ。
「藁じゃよ藁」
「わしが、わらわになったか」
「違う。藁にすがる、あの藁じゃ。弱みだ」
「よう分からんが、天性の詐欺師のようなものか」
「これはのう、子供の頃から、そういう才覚があってのう。何というか、人の心を掴むのがうまいんじゃ。まるで、本人になったよう気持ちで語るだけに、相手が何が欲しいのか、何を言えば喜ぶのかを知っておる」
「相手に憑依したようなものか」
「このタイプの人間は昔からおる」
「そこに神秘はないのか」
「ないない」
「うーむ」
「だから、先生が探しておるものは出て来ん」
「いずれも、人知の範囲内のことか」
「ああ、霊感など使わなくても、よいのじゃよ。この商売は」
「ところで、婆さんはどうやって収入を得ておる」
「それを聞くでない」
「ああ、失礼した」
「この川筋はのう。風水的に霊が通る道に当たる」
 聞いていないことを、老婆が語り出した。
「わしには霊感はないが、いわばパワースポットじゃ。しかし点はない。この川筋そのものが昔から霊験あらたかな場所なのじゃ」
「それは婆さんが言い出したのか」
「まあ、そうじゃが、それぐらいの嘘はいいじゃろ」
「うむ」
「わしは、この川の水に和紙を浸し、そこに呪文を書く。御札じゃ。これがそこそこ売れるんじゃ」
「ほう」
「水に浸した和紙の上なので墨が滲む。これが良い案配でな。遠くからでも買いに来る人がおる。しかしじゃ。頭打ちでな。それ以上は売れん」
「色々と苦労しておるのだな」
「創意工夫と呼べ」
「うむ」
 妖怪博士は、一休みできたので、立ち上がった。
「また寄る」
「ああ、達者でな」
「妖怪が出たときは協力願う」
「そんな出ぬものを、まだやっておるのか」
「出るかもしれんぞ」
「そうじゃな」
 このお二人が、そもそも妖怪なのだが、本人達は気付かない。
 
   了

 


2012年10月28日

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