小説 川崎サイト

 

イベントの帝王

川崎ゆきお


 小規模なライブ会場などによく来ている客がいる。小規模イベントによく顔を出す客だ。
 彼のスケジュール表を見ると、予定がびっしり詰まっている。ほぼ毎日で、土日などは何カ所も入っている。彼は出演しているわけではない。全てお金を払って見に来ている。
 主催者側から見ると、常連さんで、いい客だ。会場に数人しか客が入らなかったときでも来ている。だから目立つ。
 そのうち主催者と彼とは顔なじみになり、短い挨拶をする仲になる。その彼が関係している主催者は膨大な数になる。
 そしていつの間にか帝王と呼ばれるようになった。しかし客は客だ。普通の一般客なのだ。
 では何故帝王と呼ばれるようになったのか。それは、情報をよく知っているからだ。似たようなイベントに来ることにより、その狭い範囲内ながらも顔になっている。地回りのように。
 つまり、興行主より、彼の方が詳しくなっている。そして、主催者側も、彼に相談することが多くなった。最初は感想を聞いている程度だが、他のイベントに比べての話になると、彼の独壇場になる。
 そして、数多くの主催者や小屋主を知っている。
 その帝王が来ないイベントは、見放されたことになる。彼は彼なりの評価で、行くイベントと行かないイベントが出来る。日時が重なれば、選択しないといけない。
 この帝王は有名人になったが、ただの遊び人だ。仕事もしないで、ぶらぶらしている。実家が裕福なのだ。そして、小さな会場ばかり回っているので、それほどお金はかからない。
 それでもイベント会場で売られているものはしっかり買っている。全て身銭だ。
 それで有名になっても、彼は一円にもならない。
 彼は、たまに打ち上げにも参加する。勝手に付いていくのではなく、誘われたときだ。そこで、色々と聞かれる。彼自身のことではなく、今日のイベントはどうだったか、などの感想をだ。
 帝王は人当たりも良く、決して偉そうにはしない。あくまでも一般客の一人として振る舞う。そして、悪口は一切言わない。
 そのイベントが失敗していたとしても、そのことには触れない。よい面だけを語る。彼は評論家ではなく、ただの客なので、分かったような評価はしない。また、客なので、楽しむために来ているわけなので、楽しかったところだけを語る。
 だから、どの主催者からも警戒されない。毒を吐かないからだ。
 そういうことを十年以上やっていると、確かに狭い業界では顔役になる。色々な人を知っているため、紹介したり、間を取り持ったりもする。
 つまり、一般の客なのだが、この業界では帝王なのだ。彼ほどよく知っている人間はいない。そして彼ほど顔の広い人間はいない。
 しかし、彼のやっていることは昔と変わらない。ただの客として見ているだけなのだから。
 そして、帝王の座にいるのだが、それを活かして何かをやるということもしない。
 また、彼と似たような感じで、イベント会場を巡回する仲間もいる。彼を帝王と呼んでいるのは、その連中だ。
 今日もまたイベント会場に、帝王の姿がある。客の中にも顔見知りがいるし、また主催者側のスタッフにも知り合いが多い。そうなると、このイベントの主人公は誰なのかということになる。もしかして一番の有名人なのかもしれない。
 
   了
 


2012年11月5日

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