小説 川崎サイト



眠れない夜

川崎ゆきお



 眠れない夜が続く。
 吉田は失敗を恐れ、そのリスクを恐れた。
 ハイリスクハイリターンという言葉がある。まさにそれだった。
 大企業の技術部長職を辞めたのは結果的には間違いだったのかもしれない。
 会社に認められることで居心地はよかったが、歯車の一部に過ぎない。いくら新しい特許をとっても会社のもので、自分は給料以上の収入にはならない。
 よくあるパターンだと吉田は思った。自分もそれに乗ってしまったのだ。
 深夜、冷蔵庫のうなり声が聞こえる。霜取りでもしているのだろうか。うるさいので新しいのに買い替えようと妻に言ったが、収入が不安定なので動きたくないようだ。
 確かに赤字が続いている。売れるはずの部品が相手にされないまま倉庫に積まれている。これを今から売り込んでも無駄な話だ。戦略の失敗だった。
 しかしこの部品のお陰でいろいろな人と接することが出来た。感触は悪くなかった。
 だが冷静に考えると、大企業の新製品を開発していた技術部長として業界では有名人だったからだ。
 吉田は冷蔵庫を開けた。腹がすいていた。睡眠前に食べるのはよくないが、その睡眠前が長く続いている。このままでは朝まで眠れないかもしれない。
 冷凍のグラタンやピザが入っている。子供のおやつだ。解凍してまで食べようとは思わない。
 しかし、グラタンを見てしまった吉田は食べたくなった。
 ファミレスならまだやっている。
 吉田はそっとガレージ側のドアを開け、車を出した。
 深夜の二時を回っている。国道を走るとファミレスはすぐに見つかった。
 店内は若者で賑わっていた。
 吉田は隅っこの席に着いた。
 そして係員にエビグラタンの絵を示した。
 誰も座っていないと思っていた席に、人の顔が青白く浮かび上がった。
 ノートパソコンの液晶の明かりが、その男を照らしていたのだ。
 吉田はエビグラタンを口に入れた。
「あちちち」思わず口に出した。
 ノートパソコンの男が青白い顔でにんまり笑った。
 
   了
 

 


          2006年8月31日
 

 

 

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