小説 川崎サイト

 

魔界について

川崎ゆきお


 魔界とは普通の社会とは違う異様な場が出来ていることを指すのだろうか。
 高橋は、この魔界という言葉を気に入り、それなりに調べていた。それによると現実とは違う場所があるのではなく、現実の範囲内、つまり地続きで行ける場所にあることを望んだ。しかし、これは正解ではなく、あくまでも高橋の想像だ。魔法合戦が実行されているような別世界を夢見ている。
 だが、そういう魔界が発見されたという報告は聞かない。魔界への入り口がポッカリと開いており、そこに入り込むと、とんでもない世界が現出する。そういったものを期待しているのだが、そんな絵に描いたような魔界はフィクションの世界にしかないようだ。
 人跡未踏の地に、そういった洞窟があり、それが魔界の入り口だったとしよう。その洞窟は地面と繋がっていないと、魔界らしくない。人跡未踏なのだから、かなりの僻地だろう。そこへ辿り着くまでが大変だ。しかし、そんな場所が発見されたという報道はない。
 では、「何処でもドア」のように、日常の中にも入り口が現れると仮定すると、これはエアーポケット。次元の裂け目。クレバスだ。何せ次元が異なるのだから、地続きではない。これなら、僻地まで行かなくても、何処にでも開いているはずだ。
 その裂け目の手前までは地続きだ。従って高度がある。地面からしか行けないとすると、ちょうどその高さに入り口がないと入れない。もし空中にあるのなら、入れるのは鳥や飛行機程度だろう。だが、この場合もエアーポケットは存在するが、次元の裂け目ではない。
 高橋は昔の子供相手の本で、そういった次元の裂け目に戦闘機が入ってしまったことを読んだことがある。しかし、最近は聞かない。報道されていないだけなら、可能性は大いに残るのだが、普通の旅客機が行方不明にでもなれば、事故であり、それは大きく報道されるだろう。そして、落ちた場所を探すはずだ。そして見つかっている。
 だから、空想科学方面からでは魔界は引っかかりにくい。それに次元の裂け目の中が、必ずしも魔界とは限らない。
 冥府魔道などと言われるように、死後の世界だろうか。「謹んでご冥福をお祈りします」と、テレビのニュースで伝えられていることがあるが、あの世の存在を認めていることになる。だが、これは言葉のあやで、挨拶のようなものなのだ。死後の世界で幸せな暮らしが出来ることをお祈りしていますと言うことだが、その死後の世界までカメラを入れるわけではない。
 しかし、死後の世界と魔界とはまた違う。
 魔界は別ごしらえで、現実の何処かに括り付けられている。高橋は魔法世界との繋がりを期待している。
 魔界の位置を特定するのは難しい。それは誰がどんな想像でそう語っているのかを知る程度で終わる。
 ただ、社会組織内で面倒なことになったり、妙な組織の妙な風習などが、一般性から逸脱しすぎると、それは魔界のように見える。
 またはノイローゼとかになり、魔界を自家発電で発生させることもある。
 しかし、高橋はそれでは満足出来ない。やはり具体的に入り込めるような魔界が欲しい。
 社会や人が魔界を生むというのでは、ロマンがない。
 
   了


2012年11月7日

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