小説 川崎サイト

 

病棟の幽霊退治

川崎ゆきお


 まるで人を怖がらせようとするかのような病棟がある。少し辺鄙な場所にあり、山の中なのだが、すり鉢のような沢の中で、湿っぽい。
 コンクリートは色あせ、そこに野生のツタが絡んでいる。緑化にはいいが、周囲がそもそも緑に覆われた場所だけに、それほど目立たない。このツタの葉が病室の窓硝子さえも防いでいる。当然だが、夜になると、木の葉が揺れることで、不必要な怖さを演出している。院長がそういう風にしているのではなく、手入れしていないのだ。
 病室や廊下はリノリュームが張られているのだが、歴代の傷跡が残っている。妙な染みもある。当然壁も模様が出来るほど変色していた。もう、これだけで幽霊が百ほど出そうだ。
 ここは外科系のリハビリをメインにしていた。既に院長はナイフでビフテキを切る手も震えるので、危険なことはしない。
 院長の仕事は主に幽霊退治だ。幽霊の目撃談が非常に多いため、その一つ一つを消している。つまり、窓硝子に絡むツタを切ったり、夜になると壁に人型のように浮かび上がるしみを取り除くのが仕事だ。本人はゴーストハンターと呼んでいる。
 植木ばさみとペンキ缶を常に持ち歩いている。
 一番恐れられているのは病院が淵で、これは防水池だ。小さなプールのようなものだが、結構深い。これも手入れしていないので、藻や浮き草で怖い色となっている。
 噂ではたまにギブスが浮かび上がるらしい。しかも年代物の陶器製だ。こんなものが浮かぶわけがないので、デマだろう。ただ、松葉杖はたまに浮かぶ。これは誰かが投げ込んでいるらしい。
 廊下の電球は、裸電球のため、よく切れる。厄介なのは蛍光灯だ。こちらは切れかかったとき、すぐにぷつりとは切れないで、しばらくの間は点いたり消えたりを繰り返している。
 だから、夜中トイレに行こうとすると、この蛍光灯が気になる。点滅するため、稲光のように見える。暗いところで、明るい光を見ると、目がおかしくなる。それで妙なものを一瞬だが見えたりする。その交換も院長はする。まだ脚立登るだけのバランス感覚はある。
 院長の幽霊退治仕事は大変だ。
 
   了


2012年11月8日

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