小説 川崎サイト

 

冥土の土産

川崎ゆきお


 月明かりが崩れた土塀を照らす。
「兵庫屋だな」
 覆面の侍、既に太刀を抜いている。
 丁稚の半吉、提灯を捨て、逃げ去る。
「冥土の土産に」
「お待ちを」
「問答無用」
「土産はありがたいのですが、分けていただけますか」
「わ、分ける?」
「惣次爺さん、かなえ婆さんと、岩叔母様と、あと先に往った大番頭さんの分を、分けて、別々に渡したいのでございます。分かりますか。別包装でお願いします」
 覆面の刺客は面食らった。
「冥土の土産とは、依頼主の名を教えてやろうというものだ」
「ああ、そうなんだあ」
「冥土での土産話とせい」
「惣次爺は聞く耳はありますが、かなえ婆さんは耳が遠くて……」
 刺客は、聞いていない振りをした。何が言いたいのかが分からないのだ。
「刺客を送りしは老舗の黒田屋」
 刺客は黙って切り倒せばいいものを、少しは仏心があったのだろう。よけいなことを伝えてしまった」
「いかほどで」
「五十両」
「では百両出しましょう」
「ん」
「倍の儲けで、しかも殺生せずにすみますぞ」
「む」
「それに私は元僧侶、坊主殺せば七代祟りますぞ」
「百両とは誠か」
「しかし、それでは黒田屋に対し、面目が立たぬ」
「失敗した、とすればいいのでは。内金はもらいましたか」
「まだじゃ」
「じゃあ、話は決まりだ。これ、半吉」
 丁稚の半吉は、逃げたので、近くにはいない。
「百両、即金でお渡ししたいが、店に戻らぬことには」
「わしはどうすればいい」
「まずは、そのお刀を納めてくださりませ。そして、ついてきてもらえますかな」
「しかし……」
「私めの用心棒ということで」
「なるほどのう」
 刺客は金を受け取ることに決め、その商人の後ろからついて行くのだが、何となく不格好だ。
 店に向かう途中、多くの提灯を見る。向こうから大勢がやってくる。
 丁稚が知らせたのだろう。
 刺客は捕まり、百両もふいにした。
 そして冥土の土産をやるなどと余計なことを言わなかった方がよかったと、後悔した。
 
   了


2012年11月12日

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