小説 川崎サイト

 

妖怪落ち畑

川崎ゆきお


「落ち畑という妖怪の話でいいですかな」
 妖怪博士付きの編集者は、異変を感じた。
 いつもなら妖怪の話をしない妖怪博士が自分から妖怪の話を始めたからだ。
「妖怪落ち畑とはサツマイモ焼く、つまり焼き芋に関する妖怪だ」
「どうかしたのですか妖怪博士。様子がおかしいですよ」
「君は妖怪の話を聞くために、我が家を訪問しているのであろう」
「まあ、そうなんですが」
「では、黙って聞きなさい」
「はい」
「ある老人が……」
「あのう、先生。老人より普通の一般的な年齢の人が主人公になったほうがいいですよ」
「昔話を見よ。年寄りの話が多いではないか」
「でもうちの雑誌は十代が多いんです」
「それはいい。しかし、そんなことで主人公を変えるわけにはいかない。黙って聞くように」
「はい」
「ある老人が煙り臭いのに気付いた。家事ではないかと。すぐに炊事場へ行き、鍋でも焦がしてはいまいかと、確認したのだが、煮物をした覚えはない。それに煙は庭側からしている」
「どんな家なんですか」
「団地風の市営住宅だ。よって、その構造は高層マンションに近い」
「庭とはベランダですか」
「いや、老人の部屋は一階にあり、共同の庭がある」
「はい、分かりました」
「要するに、焼き芋をやっておるんだ。落ち葉でな。落ち葉は敷地内を取り巻くように植わっておる桜の木だ。この落ち葉が建物の余地箇所に雪のように積もっておる。それを集めて、つまり落ち葉集めて焼き芋じゃ」
「それの何処が妖怪なのですか」
「鼻水を垂らした餓鬼」
「餓鬼が出たのですか」
「違う。少し前の子供じゃ。とっくりの毛糸のセーターは毛玉だらけ、鼻を拭いた痕跡でつるっとしておるところもある。女の子はおかっぱでパンツ丸出しのスカート。そのパンツ、提灯のように膨らんでおる。いつの時代の少年少女であろう」
「それは妖怪なのですか」
「落ち葉爺もそこに混ざっておる。指導者じゃ。焼き芋を教える。まあ、子供だけでの焼き芋では危ないのでな。しっかりした大人が必要じゃ」
「大人じゃなく、妖怪でしょ。その落ち葉爺は」
「これは妖怪ではない。落ち葉のようによく紅葉した顔のお年寄りだ」
「じゃ、妖怪落ち畑とは」
「この現象をそう呼んでおる。セットじゃ」
「要するに、勝手に焼き芋を始める一団のことですね」
「落ち葉が畑のように地面一杯になると、現れるという」
「それを僕が来る前に思い付いたのですか」
「そうじゃ、できたてのほこほこじゃ。だから、忘れんうちにすぐに語り出したのよ」
「はい、分かりました」
「それだけか」
「しっかり聞き取りましたから」
「感想はないのか」
「ああ……焼き芋をしたというだけでは、ちょっと」
「いい眺めではないか」
「先生、やはり妖怪は怖いほうがいいです」
「十分怖いではないか。一昔前の子供が集まって焼き芋をしておるのだぞ」
「まあ、そうなんですが、それは、それを見たその市営住宅のお年寄りの幻覚なんでしょ。悪くはありませんが、そのお年寄りにしか見えない妖怪では普遍性がありません」
 妖怪博士は不機嫌になった。
「でも、今のお話し、編集者の聞き書きとして」
「落ち葉も集めれば畑になる」
「ならないと思いますが」
「数が多ければ、それなりの嵩になり。存在感が出るのじゃ」
「そうですねえ。こういう話も入れることで、他の話が引き立ちますし」
「しかし、いいところに来た」
「どうしてですか」
「この話、あと小一時間もすると、ボツにするところだった。できたての時は吟味せんからのう」
「はい、いい落ち葉でした」
「うむ」
 
   了


2012年11月15日

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