小説 川崎サイト

 

記憶に残らない悪夢

川崎ゆきお


 吉田は悪夢を見た。それは覚えているのだが、どんな夢だったのかは忘れている。
 これは何だろう。
 夢が何かを知らせているとすれば、つまり、お告げのようなものがあるとすれば、その情報は伝わっていない。だが、悪夢を見たという記憶だけはある。それを思い出すのは不可能なのは、吉田のそれまでの経験による。つまり、思い出せたためしがないのだ。だから、夢の中に沈む込み、二度と浮上することはない。
 吉田は夢の中の出来事専用のデータが、夢の中に保存されているのではないかと思った。これは起きている間はアクセスできないが、眠ることでまた夢を見て、その夢の中に倉庫があり、そこから取り出せるのではないかと。
 つまり、夢の世界はクラウドで、ネット上で言えば何処かのサーバーのハードディスク内にある。ということは、夢の中の記憶は外部にあることになる。
 見た夢の記憶専用倉庫があるとしても、それを取り出すには夢を見ないと出来ない。それはどの夢でもいいのだろうか。
 それとは別に吉田が考えているのは、記憶はハードデスク内のファイルのようなものではなく、そのまんまで書き込まれていないということだ。
 吉田の経験によると、似たような夢を見ることがある。同じような状況の夢だ。まるで、前回見たエピソードと兄弟のような、横並びのような。これは同じ配給会社の作品ではないかと思ってしまう。
 覚えている夢なら何とかなるが、覚えていない夢は始末が悪い。しかし、それが悪夢の場合、思い出せないほうがいいのだろう。
 どちらにしても思い出せない夢、覚えていない夢はフィールドバックが効かない。夢が何かを知らせてくれているとは考えにくいが、それでも、精神的な何かが出ているのではないかと思うのは当然だろう。それに気付くだけでもいいのだ。
 吉田の経験では幸せなときほど悪夢を見る。そして、不幸せな状態の時ほど好い夢を見る。これは願望の表れだろうか。
 しかし、不幸な夢を見るのも隠れたる願望かもしれない。吉田は不幸を願ってはいない。しかし、何処かにそれが潜んでいないとも限らない。または、今の幸せが本当のものではないのかもしれないし。
 それよりも問題は覚えていない悪夢だ。
 だが、その夢が悪夢だったことだけは覚えている。ストーリーは忘れたが、悪夢であることは確かだ。これはただのカテゴリーだ。
 しかし、カテゴリーだけでも貴重な情報ということになる。詳細は分からないが、悪夢を見たことは確かなので、方向性が分かる。
 だがやはり吉田はその悪夢が気になる。悪夢で怖かったはずなのだが、決して悪いインパクトではなく、何か本質的な物に触れたような感じがある。それは、吉田の経験した悪夢一般に言えることだ。幸せな夢よりも、奥が深い。
 吉田は、もうその悪夢を思い出すことを諦め、夢日記に「悪夢」とだけ記入した。
 
   了


2012年11月17日

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