小説 川崎サイト

 

雨にも負けず

川崎ゆきお


 竹田の日課では、昼食後、喫茶店へ行くことになっていた。しかし、それを中止しなければいけなくなる。なぜなら雨が降っていたので。
 その喫茶店までは自転車で数分かかる。雨具があれば問題はないが、それでも濡れる。台風でも上陸していない限り、竹田は雨でも雪でも風が強くても、暑くても寒くてもかまわない。そんな日でも走っている自転車がいる。決して冒険家ではなく、ママチャリに乗った普通の主婦だ。
 しかし、間合いがある。間の良し悪しがある。それは、今降っている雨がやむタイミングのことだ。俄雨ではなく、朝から降り続いている。天気予報では、一日雨だ。
 そして、やむのは夕方になる。
 昼食後と夕方では違う。晩秋の陽は早い。もう暗くなる。それに昼食後のお茶にふさわしくない。夕食前の腹の空いているときにコーヒーを飲みたくない。胸が悪くなるからだ。
 吉田はトイレの窓から外を見る。雨脚は治まっていない。傘を差しても、これでは濡れる。カッパを着けても、やはり濡れるだろう。
 その喫茶店まで他の方法で行く方法はある。バスに乗ることだ。
 この場合、バス停まではすぐなので、問題はないが、乗り換えなければいけない。そして、その喫茶店の近くにあるバス停は、結構離れている。徒歩距離としては遠い。バスでバス待ちを二回し、乗り換えのための移動と、最寄りバス停からの距離を考えると、自転車の三倍ほどの時間がかかる。これが是が非でも行かなければいけない用事なら別だが、単に昼食後のお茶だ。
 しかし、これは竹田にとり日課であり、それを抜かすと一日のペースが狂う。
 結局吉田は雨が小降りになるのを待つことにした。
 結果的には夕方前に雨は小雨になった。その間、寐ていた。
 果報は寝て待てだ。しかしそれほど大した好い情報ではない。それにもう遅い。
 だが吉田は待ちに待った小雨なので、喫茶店へ行くことにした。そのために時間を止めるかのように寐ていたのだから。
 雨は小雨で傘を差すほどではない。ただ、暗い。ほとんど夜の暗さだ。いつもなら紅葉を見ながら、のんびりと通っている。この暗さは本来の道ではない。
 そして、喫茶店のドアを開ける。
 吉田はあっと思った。
 いつも顔を合わせる常連客がいるのだ。この時間帯にいる。いくら粘ったとしても昼過ぎから夕方まで座ってられないだろう。だから、その客も吉田と同じで、小雨になったので来たのだ。
 雨にも負けず……という言葉がある。二人とも、雨に負けて出てこれなかったのだ。
 この二人、最後まで目を合わさなかった。
 
   了

 


2012年11月18日

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