三本指
川崎ゆきお
岩田老人はインタビューを受けた。何処かのボランティア団体のようだ。テレビなら張り切るのだが、そうではない。だから、適当に話した。
「お年を取ると、欲がなくなるというのは本当ですか」
「そんなことは、何処で聞いたのだ」
「これは、私が自分で考えたことです」
ボランティアはノートを見ながら話している。
「そのノートには何が書いてあるのかね」
「これから聞きたいことと、岩田さんが話されたことを書き込んでいます」
「どれどれ」
岩田老人は、そのノートを取り上げた。
「あ」
「まだ何も書いておらんのか」
「はい、まだ、話されていませんので」
「そうか」
「では、先ほどの質問なのですが」
「質問は一つしか書かれいないが」
「あ、はい、とりあえず、一つからスタートして……」
「そうか」
岩田老人はノートをボランティアに返す。
「年を取れば欲がなくなるというのは、君の感想かい」
「そうです」
「とも言えるなあ」
「欲深いお爺さんもいると思うのですが」
「ああ、それはいるだろうが、わしの場合、昨日と同じような今日が来れば、御の字だよ」
「それは、現状維持がいいと言うことですね」
「いや、現状維持ではなく、徐々に落ちていく。下降していく。だから、決して現状が維持されているわけではない。昨日と少しだけくたびれた今日が来ればいい。ということだ」
「では、昨日よりかなり悪い明日が来ればどうします」
ボランティアは妙な指摘をしてきた。
岩田老人はにんまりする。少し歯ごたえがあるからだ。しかし、歯が悪いので、それを思い切り囓ることは出来ないが。
「それが欲になる」
「では、欲が出るわけですね」
「そうだな。あるものがなくなると、戻したくなる。少しでもな。取り戻せる範囲内のものなら、取り戻す。これは欲だ」
「でも控えめな欲ですねえ」
「いやいや、そうではない。僅かな欠落箇所を取り戻すのに、大変な苦労がいることもある。これは大きな欲。大欲の場合もある」
「しかし、見た感じでは元気に活動しているようには見えないわけですね」
「君は何歳じゃ」
「五十です」
「じゃ、君も年寄りじゃないか」
「ああ、まあそうなんでしょうねえ」
「ところで、目的は何だ」
「と、言われますと」
岩田老人はもう一度ノートを取り上げる。
「あ」
「何も書いておらんようだな。わしが喋ったことは意味なしか」
「いえいえ。しっかり記憶しています」
「それで、何を売りに来たのか、さっさと言ってくれ」
「春を売りに来たと言えば、どうでしょうか」
「わしが、君を買うのか」
「そういうご趣味なんですか?」
「わしは菊は愛でん」
「はい、私ではなく、別の花をお届けしますが」
「花を売りに来たのだな」
「はい、実はそうなんです。春の花を」
季節はまだ冬だ。
「温室ものか」
ボランティアはそれには答えない。
「どのタイプの花がよろしいでしょうか」
ボランティアは鞄から四角い物を取りだした。
「メニューです」
「花のメニューかね」
「はい、一覧です。春のアルバムです」
「それよりもインタビューはどうなった」
「だから、そうではなく、目的を明かしたはずです。春を売りに来たのですから。もうインタビューはありません。あれは嘘でした。真実は、このメニューです」
岩田老人はメニューを開けた。
「どうです?」
「いくらだ」
「花代は一律料金となっております」
「だから、いくらだ」
ボランティアは指を三本立てる。
「よし、買おう」
岩田老人は、一枚の写真を指さし、同時にポケットから三百円を出した。
「あの」
「買う」
「いえ」
「駄目なのか」
「三枚です」
「子供の頃」
「あ、なんですか?」
「百円札を見た記憶があるが、今はその札三枚は用意できん」
「えーと」
ボランティアはメニューをひったくった。
了
2012年11月21日