小説 川崎サイト

 

見知らぬ肖像

川崎ゆきお


「これは怖かったです。非常に。しかし、夢だったのかもしれません。なぜなら、そんなことあり得ないからです。でも、誰かが仕込むことは出来ます」
「話の全体が見えませんが」
「はい、端折ぎました」
「落ち着いて」
「大丈夫です。それを見たのは三日前ですが、今は夢か錯覚かどちらかです。しかし、まだ得心しませんが」
「では、最初から、お願いします」
「夜中に起きました。いつものようにトイレに行くためです。暗いので、部屋の明かりを付けました。長い紐でして、それを引くと蛍光灯が付きます。これは横になった姿勢でも手が届きます。寝間着の紐ですが」
「はい」
「それで、部屋が明るくなりました。トイレは廊下に出てすぐのところにあります」
「トイレの怪談ですか」
「トイレは関係はありません。私が寝起きしている居間で起こりました。八畳ほどの和室で、仏壇を置いています」
「では、仏壇の怪談ですか」
「仏壇の中ではありません。仏壇の扉は閉めています。これ、開いていると結構怖いです。位牌なんかが逆に立っていたら、ぞっとしますよ」
「そうですねえ」
「仏壇ではなく、その仏壇の上に飾ってあるお爺さんの写真です。モノクロので古いものです」
「はい」
「別人なのです」
「はあ」
「これには驚きました」
「別人とは」
「知らないお年寄りの写真なのです」
「どうして、その写真を見たのですか」
「分かるのです。異物があることが。いつもの自分の部屋とは違うと。何かが違う。何か見慣れないものが目に写っていると。その違和感で、部屋の中を見回したのです。そして違和感の原因が、その写真だと分かりました。すぐに分かりましたよ」
「それは誰の写真ですか」
「お爺さんと同じぐらいの年齢だと思いますが、見たことのない人です」
「親戚の誰かじゃないのですか。そういう写真が何枚かあり……」
「それはありません。写真立てに入れている写真はこれだけです。それに知らない人の写真などどうして部屋にあるのですか」
「本当に知らない人なのですか」
「私には記憶はありません」
「お爺さんのお知り合いではないでしょうか」
「はあ」
「つまり、交代してみただけ。とか」
「こ、交代」
「あちら側の世界で、そういった交換というか、交代したとか」
「何ですか、それは」
「その写真は、あの世からこちらを覗く装置だとすれば、たまには別の部屋を覗きたかったのかもしれませんよ。それで、交代したのです」
「誰と」
「だから、お爺さんの知り合いでしょ」
「あのう」
「なんですか」
「あなたの解答の方が怪談です。私より怖いことを考えておられる。どうして夢とか錯覚にしてくれないのですか」
「じゃ、夢にしておきましょう。錯覚はないでしょ。知らない人の写真なので」
「夢ですね。やはり」
「または、錯覚というより、急に部屋を明るくして、見たので、違うように見えたのでしょう」
「それでいきます」
「しかし、今度別の肖像写真に変わっていたら、是非、カメラで写してください」
「あ、そうですねえ。驚いて写すどころじゃなかったです」
「はい、お大事に」
 
   了


2012年11月23日

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