小説 川崎サイト

 

あるバトル

川崎ゆきお


 寒くなっている。もう冬だ。
「岡村さん、最近見かけませんねえ」
 散歩仲間の大石が言う。
「紅葉の頃は見かけましたよ」
「寒くなって、苦しくなったのかな」
「そうですねえ。私も出るのが億劫になりますよ。しかし、あなたも出ているので、私も出るのですよ。頑張ってます」
 井上は頷く。自分もそうだと言わんばかりに。
「しかし、井上さん、この時間出ているのは二人だけになりましたよ。たまに他の人も見かけますが、馴染みはあなただけだ」
「そうだね。岡村さんが脱落したのは惜しい」
「寒さはこれからが本番ですよ。大丈夫ですか」
「ああ」
 二人は並んで歩道を歩いて行く。しかし、大石の方が達者なようで、井上は遅れ出す。大石は歩を緩める方が逆に辛い。それでも井上に合わせるように何度か速度を落とした。
 しかし、井上に気遣うのが面倒になったのか、自分のペースで歩き出した。すると、みるみるうちに距離が開いた。
 井上は、必死で歩いている。遅れまいとして。
 しかし、これは井上のペースではない。だからもう並んで歩くのを諦め、自分のペースに戻した。
 次の日、井上より速いペースで歩いていた大石の姿がない。昨日よりも一段と寒くなっていた。そのためだろうか。
「やあ」
 井上は声を掛けられた。振り返ると岡村がいた。紅葉の頃から姿を現さなくなっていた人物だ。
「まさか」
 井上は岡村を足の先から頭の先まで見た。
「幽霊じゃないですよ。ちょいと体調を崩したんだが、よくなったので、また歩き出したんだ」
「寒いですよ」
「ああ、大丈夫。しっかり着込んできたから」
 二人は並んで歩き出したが、しばらくすると、また井上は遅れだした。逆に岡村はかなり速い。昨日の大石の倍ほどのスピードだ。「岡村さーん」
「はーい」
「あなた、そんなに速かったですか」
「ああ、しばらく休んでいると、速くなったんです」
「死に急がないでくださいよ」
「はいはーい」
 次の日、井上はまた一人になった。昨日元気そうだった岡村の姿はない。また、大石も今日は出ていない。
 井上は、一人になった。
 翌日、井上は散歩に出なかった。体調が悪いのではなく、もう誰もいないからだ。
 しかし、その日、岡村も大石も復帰していた。
「井上さん、いないですねえ」
「体調、崩したんじゃないかな」
「そうだね」
 この三人のバトルは、その後、何年も続いたようだ。
 
   了



2012年11月26日

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